クーデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない件について
[短編連作/不定期]ラブコメ×クーデレ×R15
ヤツの名前は黒宮玲。最近急にオレに近づいてきた女の子だ。見た目は大人しそうなのに、話せば話すほど意味が分からないヤツだった。ある日、あいつはオレをストーキングし始めた。曰く、熱いパトスがあなたを求めて止まないの……、だと。果たしてオレはこの女の急接近から逃れることができるのだろうか……?
01 はじめての……①
大学に入学して一ヶ月。オレは早くも問題に直面していた。
今は講義も終わり、家に帰るところだ。何の変哲もない帰り道。普通なら気持ちの良い昼下がりの時間帯。
バスを降りて、振り返る。そこで確信する。……やっぱりな。
「どうしてついてくるんだ……、黒宮?」
黒宮……、オレの3メートル後ろを測ったように追跡してくる少女に、訊いた。
「……気の所為。私はいつもここを通ってる。おかしなところなんて一つも見当たらないと思うけど」
「毎日この道使ってるオレが一度も見たことないのに、平然と嘘を吐くな!」
「そんなこと言われても困る。いつも使ってるのは事実。いつもは気づかれないように気配を消して乗ってる」
何故気配を消す必要がある。そしてこいつの自宅はオレの家とは正反対の方角だったはずだ。毎日こっちに向かう理由が分からない。
ともかくオレは、不審に思いながらも、相手に合わせるのが癪だったので、いつも通りに家路を急ぐ。と、そこで……
「……今日はコンビニに寄っていかないのね。……読みたい雑誌がないから?」
「そうだな……。月曜でも水曜でも木曜でもないし、読むものは特にないし……」
「そう……、金曜だものね。明日は土日で休みだし、休日は家でゆっくりするの……?」
「……そのつもりだが……。というか何故オレのプライバシーを詮索するんだ。そして何故にオレの行動パターンまで知られている……?」
よもやこいつ、マジで毎日オレを追跡していたのか……。冗談だと思いたかったが、ここに来て真実味が増したな。そんな説得力は微塵も欲しくなかったけど。
そして、今まではストーキングに徹してたこいつが、何故ここで気づかれるというリスクを冒してまで背後3メートルの距離を選んだのかも謎だ。
……まぁ謎というならストーキングしている時点で謎だし、そもそもコイツの言動は意味不明すぎて謎が多いんだけど。
「どうして……? そんな分かりきったことに質問が必要? 私はあなたを愛してしまった。熱いパトスが私に命じるの。あなたの全てを私は知りたい……」
「いや、知りたいって……。その知り方がおかしいだろ。普通に考えてストーキングはしない」
「だって、……こんな気持ち初めてだったんだもの。持て余してしまうのも、仕方がないことだわ」
「仕方があろうがなかろうが、ストーカーはダメなの! 何ちょっと純情な女の子ぶってんだよ!」
「……そう? 私は純情よ。あなたのことを想うだけで熱いパトスが迸って、気づけば下のほうが大洪水よ」
「純情なやつはそんなこと言わねえし、そんな状態にもならない」
淡々と何言ってやがるんだこいつは……。
人畜無害というか、小動物系というか、見た目は小柄でちょっと可愛らしい感じだけど、発言がいちいちヤバ過ぎる。
「そうこう言っているうちに、もうあなたのアパートの目の前ね」
「そうだが……、どうしてここまでついてきてるんだ……?」
「不躾な質問ね。答えるまでもないでしょう? 同衾……じゃなかった。お泊まりしようと思ってね」
「絶対に嫌だ……」
なんてことを言っていると、いつの間にやら空は暗くなっていて、ゴロゴロと雷が鳴り響き、ポツポツと雨が降り始める。
「あら……。空も大洪水ね。今の私の下半身と一緒――」
「ああもう、分かったよ! 入れればいいんだろ入れれば!」
「分かれば良いのよ。ちゃんと濡れてるから前戯は必要ないわ」
「家に入れるってだけだよ! どんだけ変態なんだお前は!」
ズカズカとオレの家に押し入る黒宮。
どうしてこんなことになっちまったんだろう……。思わず空を眺めて嘆きたくなったが、この生憎の空模様じゃ、今更帰すのも忍びないか。
とはいえ……。オレは無事に夜を越えられるのだろうか。不安でならない。
02 はじめての……②
「お邪魔します……」
そんなことを細い声で言ったかと思うと、黒宮はばたばたっと靴を脱ぎ捨てて部屋へ上がった。
「ハァ……ハァ……、白里くんのお部屋……。ああ……白里くんの匂いがする。……くんかくんか」
……家に入れなければ良かった。雨とか関係なく追い返せば良かった。なんなら傘を渡してでも追い返すべきだった。
どうしてくれよう、この変態は……。つーか、くんかくんかじゃねえよ。犬かよ。
「むむ、あれはベッドね。あそこで白里くんが寝たり弄ったり汗掻いたり弄ったりしてるのね……」
「そんな頻繁に弄ったりしてねーよ。オレは中学生か」
「私は大学生だけど、2日に一度はしないと気が狂いそうになるわ」
「知るかよ。つーかマジどうでも良いよ」
「もちろんオカズはあなたしかいないわ、安心して」
「どこにも安心できる要素がねえよ。むしろこえーよ」
そんな俺の声を話半分で聞き流し、黒宮はオレのベッドへダイブした。なんでこんな元気なの、こいつ?
「はぁはぁ……、スゴイ。あなたの匂いでいっぱいよ……。ねぇ、ここで私も弄っていい?」
そんなことを言いながら、黒宮はプリーツスカート越しに秘所に手をあてがっていた。
冗談か本気かは知らんが、やっぱりコイツ頭おかしいと思う。
「いいわけねーだろ。あと、とっとと降りろ。そこはオレのベッドだ」
「あら、ごめんなさい。そうよね、私がこんなことしたらあなたも我慢できなくなっちゃうものね。分かったわ。私は廊下からドア越しに聞き耳を立てて弄るから、あなたはベッドで存分に耽ってーー」
「しねえっつってんだろーが。いい加減シモの話から離れろ。それとオレの家での自慰は禁止だ。やったら追い出すからな」
「そんな……。この空間でそれを我慢しろっていうの!? そんなの拷問だわ! あなたの匂いでいっぱいなのに、弄ったらイケないなんて、酷すぎる……」
ちょっと迫真の演技で言うもんだから、一瞬言い過ぎちゃったかなとか考えたけど、よくよく考えればオレ、全然おかしなこと言ってないよな。懐柔されるところだった。危ねー危ねー。
「ねぇ、白里くん。お風呂借りてもいい? はしゃぎすぎて汗掻いちゃったし。上にも下にも」
「自業自得じゃねえか。それとさりげなく風呂で致そうとしてるんじゃあるまいな。大体、雨の中帰すにも忍びないから家に入れたのであって、泊まるのを了承したわけでもないんだぞ。雨が止んだら即刻帰ってもらうからな」
「そんな……。ぬか喜びさせておいてそんなの酷すぎるわ。神様、どうか雨を止ませないで……。私の下半身と同じようにいつまでも雨漏りしていて。そして、どうかこのまま同衾させて……お願いです」
そんなはしたないお祈りがあってたまるか。
しかし、そんなお願いが成就されたのかたまたまなのか、雨は一向に止む気配がなかった。
「それじゃあ、白里くん。何をしようか。それともナニをしようか……」
「ゲームだな。よし、ゲームしかないな。ゲームだ。ゲームをしよう」
「そうね……。じゃあ、王様ゲームか、ツイスターゲームか、パソコンで遊ぶ恋愛シミュレーションゲームがいいなぁ」
「見事に最悪なチョイスだな。大体、二人で王様ゲームはないだろ」
「それはそれで楽しいと思うけど。……1番は王様とチュー。1番は王様の肉奴隷。1番は王様と束縛プレイ……」
「却下だ。それとツイスターゲームなんかうちにはないぞ」
「ぬかったわ……。こんなことなら持ってくれば良かった。毎日持つにはかさばるからって……。私のバカ」
「当たり前だ。そんなもん毎日持ってるヤツはイカレてるっつーの」
「けど、安心して。ノートPCとエロゲならバッグに入ってるから」
「……しまった。そうきたか」
『ダ、ダメェ! お兄ちゃん、そこは……! やんっ……』
暗い部屋に、イヤホンから漏れる嬌声。隣にはぴたりと寄り添う黒宮。
テキストはオートモードで進んでいる。そのせいか手の空いた黒宮はやたらとオレと手を絡ませようとしてくる。
仕方ないから腕を組んで逃れると、今度はその腕に抱きついてきた。
主張こそ弱めだが、やっぱりそこは女の子。確かな感触が肘に当たっている。
どうしてこうなった。押しに弱すぎだろオレ。
「なぁ、やっぱ……」
「もう放さない。ずっと一緒……」
黒宮が熱っぽい視線でオレを見つめる。
上目遣いに見つめられると、さすがにちょっとそそるものがある。……じゃなくて。
「普通こういうのって他人と一緒に見るものじゃないだろ……」
「そうなの? けど、私は白里くんとなら、良いと思ってる」
それ、オレの意見はガン無視ってことだよね?
「ふふ、白里くん。顔が赤くなってる。……何を我慢してるの?」
ぐっ……! こいつ、分かったうえで訊いていやがるのか……!
黒宮の指がオレの太腿をなぜる。ぞくぞくと震えが走る。
オレの膝小僧のうえでクルクルと円を描きながら、耳元でぽしょっと囁いてきやがる。
「白里くんの考えてること、……当ててあげようか」
吐息が耳に掛かり、背筋まで震えてくる。
黒宮の細い指が、オレの腰元まで伸びる。おいおい、そこは……。
「ねぇ……、もっと自分に素直になって……」
顔が茹で上がっているのを、自覚する。
ここまで接近されて、何にも感じないのは男じゃない。
だが、ここで流されるのは良くないと、オレの中の何かが警鐘を鳴らしている。
やがて、オレの両肩を掴んだ黒宮はオレをそのまま押し倒した。
オレは一切の抵抗ができない。力が入らないのだ。
黒宮は女の子だ。組み伏されようと全力で足掻けばどうとでもなるはずだ。なのに、オレの両腕は弛緩し、押し返そうにも力が上手く入らない。
この体勢はマウントポジションだ。オレの腹に乗っかって、前傾姿勢。黒宮の白い顔がディスプレイの光に照らされて、艶やかに見える。
別にそこまで夢を見ていたわけではないけれど、女性との初めての体験はもう少しロマンチックなものだと思っていた。
こんなもんか。こんなふうに体験してゆくのか。こんなもんか、オレの人生……。
黒宮の指がオレの頬に触れる。
茹で上がった顔には気持ちいいくらいに冷たい指先だ。オレはその手に顔を委ねてしまう。
「白里くん……」
黒宮の顔がそのまま降りてきて、ボブカットの髪がオレの顔に垂れる。
黒宮の吐く息が、オレの唇に触れる。
黒宮の匂いが、オレの鼻腔を満たす。
黒宮は、そのまま――。
ピルルルル……!
携帯だ。オレは眼前の黒宮を無視して、ポケットの中に手を突っ込む。
『よぉー! 起きてるかぁー? いやぁ、雨やばいなー! いやさ、今お前んちの近くに向かってるんだけど、ちょっと泊めてくんねー? ほら、オレんち遠いからさー!』
助かった。サークル仲間の赤飼だ。
「赤飼か。分かった、うちに――」
「来なくて良い。邪魔」
黒宮がまくし立てる。ったく、こいつはホントに……。
『……ひょっとして、真っ最中か?』
「お前は何を……」
「そう、だから邪魔。来たら殺す」
『う……、そうか。……ぼそっ(カメラを持っていく。ポジションの指定があればメールくれ)。』
盗撮する気か。コイツ最低だな。あと、声を殺してても丸聞こえだ。黒宮にもガッツリ聞こえてるっての。
黒宮はチッと舌を鳴らすと、おもむろにオレの首元にキスをした。
「興が削がれた。今度はそんなんじゃ済まさないから。それじゃ、おやすみ」
ノートPCとイヤホンを引っ掴むと、黒宮はバタンと戸を閉めた。
それからパタパタと駆けるような足音と、バッと傘を開く音が聞こえた。
オレはそのまま放心したように、突っ伏していた。
そしてそのまま夜が明けた。
赤飼……? そういや、忘れてたな。まぁいいか、割とどうでも。
to be continued...
あとがき-はじめての……-