浮遊少女とスウィーツ地獄


 幽霊の正体は、残留思念である。それが父の定説だった。
 世の中で言われる、死んだ人間が霊になって彷徨っているだとか、霊体が悪さをするだとか、ありがちな迷信や怪談を父はことごとく否定していた。
 場に焼き付いた想いの力が霊的な現象を起こしているのだと、そう言っていた。
 人が死ぬ際に残した強い思いなどがその場に残留し、周囲に影響を及ぼすこともある。また、不安や恐怖などが場に残留し人間に影響を与えれば、感覚器官は錯覚を起こしある筈のないものが見えたり、聞こえたりすることもあるのだと。
 僕はその考えが全く間違っているとは思ってない。大体の場合、その通りなんだろうと思う。
 でも、例外だってあると思う。
 何故なら僕は知っているからだ。世の中というものがそれだけで回っているわけではないということを。

「つまんない、つまんない、つまんな~~い!!」
 赤いドレスを纏った金髪の少女がテーブルの上をゴロゴロと蹂躙していた。
「ねぇ、キョウ。遊びにいこっ?」
「イヤだ」
 僕は即答した。
 すると少女は眉をへの字に曲げ、一層激しくテーブルの上をのたうち回る。しかしそれでテーブルに乗ったグラスや花瓶は落ちることはない。
「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ~~~~!! 出掛けるったら、出掛けるのぉ~~!」
 僕は少女を見ずに手元に目を移し、書類の空き欄を埋める作業に戻る。
 志望動機の欄を埋めて、書類から目を離さずに告げる。
「ひとりで行けば?」
 言うと、少女は転がるのをやめて、僕をじっと見つめてきた。
 深紅の瞳が切ない色を返す。
 僕は少し言い過ぎたかな、と思う。
 彼女にこの言葉は禁句だったかもしれない。
 少女は、今までのわがままな態度からは一転、割れ物のような脆さを垣間見せる。
「……行けないもん」
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「行けないもんッ!!」
 少女は涙を零していた。
 僕は思わず言葉を失う。
 彼女は『普通の人間』じゃない
 だから、彼女は自由に出歩くことができない。

 何故なら彼女は、僕に取り憑いた『幽霊』なのだから。

――

 結局、一時間後――。
 僕は小洒落たカフェの一角で頬杖をついていた。正面には、どでーん! ……とでも効果音を付けたくなるような巨大なチョコレートパフェが屹立していた。上段にはソフトクリーム、そこから生チョコ、輪切りのバナナ、スポンジ生地にクッキーをまぶしたバニラクリーム、etc、etc……。
 このカロリーだけで飢えに苦しむ難民を一体何人救えるのだろうかなどと考えるのは現実逃避だろうか。
「早く、早く♪」
 目の前で赤いリボンが揺れる。金色の髪が太陽に晒されキラキラと輝いている。その眩しい光景と同じくらい眩しい笑顔に、二重の意味で目が眩んだ。
「ひ、一口だけだからなっ」
 注文してしまった時点で、どう考えてもそれだけで済むはずがないと分かっていながらも、僕は照れ隠しの意味も込めてそう告げた。が、それでも少女の笑顔に陰りは訪れない。
 雲一つ見当たらない今日の空模様と同じように晴れやかだ。なんとも敗北感を拭いきれない気持ちを抑えつつ、僕はてっぺんのソフトクリームにスプーンを突き刺した。
 敗北感というのなら、幽霊少女の泣き顔に情が移ってしまい、すごすごとカフェに来てしまった時点で既に完全な敗者だったのだが。
 しかし、それを言うなら、この味わいにこそ敗北感はお似合いかもしれない。
 甘すぎないチョコ味。香りはどこか上品で、味わい深い。また、すぐに違う味の層が現れるため、飽きが来ないのだ。いくらでも食べられてしまう。
 僕が感じた敗北感。それは不味いという意味ではなく、むしろ美味しすぎるという意味での敗北だ。
 僕は撃沈したわけだ。パフェにも。そして、この少女にも。
「僕が悪かったよ……。ごめん、マグ」
 僕はマグこと――、マーガレット=シークエンスに謝罪した。つまらない意地を張ってしまったものだと思った。
「ねぇ、次はバナナのとこを食べてよ。あ、でもでもその前に生チョコをもう一回……、いや待って。それより周りのクッキーを先に……」
 だが、マーガレットはそんな言葉など何一つ聞いてはいなかった。女の子は甘いものには目がないというから、仕方がないのかもしれないが……。
 感覚を共有しているため、僕が食べないと彼女は味を感じ取れない。だから僕が食べてやらないといけないわけだが……。
「ああ、もうっ! 焦れったいわね! とっとと口を動かしなさいよ! あたしはバナナが食べたいのよっ!」
 結局それにするのね……、と嘆きながら僕はスプーンでごろりとしたバナナを掬う。すると、今か今かと待ち構えるようにマーガレットが口を開く。
 別にその口に入るわけじゃないんだけどな……。と僕は少し吹き出しそうになりつつバナナを口に含んだ。
 そのバナナは、なんだかやけに甘ったるい味がした。

 ……そして、やはり僕は敗北したのだった。
 あれだけ特大パフェだったのだから当然と言えば当然なのだが……。
「やれやれ……、スッカラカンだよ」
 軽くなった財布を労るように撫でながら、僕は浮遊する幽霊を睨めつける。
 すると、「また一緒に食べに行こうねっ!」……なんて、キラキラの笑顔で言うものだから、やっぱり僕は自身の敗北を認めるしかなかった。

あとがき

・甘ったるいお話を書きました。
とりあえず虫歯にでもなればいいと思うよ。

・キョウ
学園ものの主人公を想定したキャラなんですが、ちょっと設定が変わっていたりするので短編独自のキャラだと思っていただければいいかな、と。

・マーガレット=シークエンス
意味ありげにフルネームですが、今までに書いたことのある、とあるキャラのその後の姿だったりします。幽霊になったことで生前の記憶はすっ飛んでいて、性格もバカになってます。体重もオツムも軽くなっちゃったんですかね。

・幽霊は存在しない……云々
初っ端の説明ですが、あれは僕の持論であり、同時にいつか使いたいネタのひとつだったりします。
今回はあえてそれを否定するような設定を作りましたが……。けど、これはこれで長編が書けそうなアイデアではあると思います。というか多分そのうちやると思う。