第九羽【護封巫女】①

 追う前から十二分に分かっていたことではあるんだが、……まぁ当然と言えば当然だろう。
 勇者一行の術士、ロサーナを連れ去った馬の行方はようとして知れなかった。

「……馬に徒歩で追いつこうというのがそもそも無茶だったんじゃないか……?」

 俺はというと早速諦めムードで、匙を投げていた。

「……だが、見過ごしていいような状況でもあるまい」
「そうですよ、ツバサ様。きっとあの人も攫われて心細いに決まっています。助けなくては……!」

 従者と騎士様は、相変わらずの良い人っぷりだ。しかし現実と理想というものは、いつだって食い違うものなんだ。

「……足跡は残ってる、です。このまままっすぐ行ったっぽい、です……」

 病み上がりのはずのナズナは、早速本領発揮だな。目が良い……、というよりは思慮深いのかも……? こりゃ、ひょっとしたら下手な従者様や騎士様よりも優秀かもしれねえぞ……?

「むぅ……、ツバサ様? 何か失礼なことを考えてませんか?」
「私も同感だ。なんだか不遜な眼差しを向けられた気がする……」

 ……俺はというと、相変わらず隠し事はできないらしい。はいはい、悪うござんした。比較して悪かったよ。みんな違ってみんな良いですね。けっ、どこのみすゞイズムだよ、まったく。

 ともあれ、この枯れ木の立ち並ぶ林道を進んで、先へ向かうしかないか……。朝はもっとゆっくりしていたいんだけどなぁ。
 まぁ、美女の貞操の危機と聞けば、行かざるを得ないけども。参加せざるを得ないけども。……ってどっちに? ……正直迷う……。いや、もちろん助ける方だよ? もちろんさ! だから半目で睨まないでくださいね菊花さん!

 道中に現れたのは、《グラン・モンキー》とかいう名のサル系の魔物だ。
 動きが素早いうえに多角的な攻撃が多く、土魔術による遠隔攻撃まで多用する面倒な相手だった。が、菊花は速さで上を行くし、ナズナの電撃は光の速度だ。手こずるということはなかった。なんならアリシアと俺は何もしていなかったまである。というか、速すぎてまるで攻撃が当たらなかっただけなんだがな……。
 しかし、慣れてくればやることは分かってくる。俺は風魔術で敵の行動の妨害、味方のアシストを行い、アリシアは攻撃の盾となった。こうして戦略さえ立ててしまえば、どうということはない。敵の攻撃もそれほど痛くはなかったしな。
 そんなこんなで何度か足を止めて休息を取りつつも、俺たちは着実に足を進めていた。

 そして何度目かの休憩中――

「ここの魔物にも大分慣れてきましたねっ!」
「ああ……。熟練度の影響だろうな。最初は見えなかった動作も、段々追えるようになってきてる」

 熟練度は、自身が行った行動や対象に対して行った動作が、蓄積されて現実に影響を与える効果がある。
 俺が行った索敵動作や、牽制なんかも熟練度を獲得している。それらの蓄積が戦闘をより簡単にさせてくれているわけだ。
 今までこういった素早い手合いとの戦いはなかったものだから、その分最初は上昇値が大きい。
 が、どうせすぐ頭打ちになる。適正値に達してしまうからだ。
 そのあとは工夫が必要になる。生憎とそんな時間はないのだが……。

「それにしても、どうしてロサーナさんは連れ去られてしまったんでしょうか……?」

 体育座りで短剣を研いでいた菊花が、ふとそんなふうに疑問を呈した。
 ……目的、ねぇ……。

「魔王が現れたタイミングから考えても、これが狙いだったのは明白だよな。……とすれば、魔王にとって勇者よりも重要なことだったから、……なんだろうな」
「……しかし、それが分からんな。勇者が言うには、少し特殊な血筋だか技術だかを継いでいるという話だったような気がするが……。やはりそれが目的だったのだろうか」
「……そうかもしれませんね。……魔王さんは初めからそれを知っていたのでしょうか?」
「う~ん……。知っていたから勇者が動き出すタイミングに合わせて動き出した……。一応筋は通りそうだな」
「……ふむ。つまりそれだけ魔王にとって重要度の高い人間だったということなのだろう」

 ……つまり、美女だからとか慰みものとしてとか、そんな理由ではないということらしい。まぁ、さすがにそんなシンプルではないわな。

「その継承した技術なり血筋なりがなんなのかは分からないんだよな、アリシア?」
「……うむ、そうだ。恥ずかしながら、な。それは直接本人に尋ねるか、あるいは勇者ならもっと詳しく知っているかもしれないが……」
「……どのみち、ここで話してても埒が明かないか」

 ナズナに追跡を続けてもらうしかなさそうだな。仕方ないか。
 一体、どんな技術を引き継いでいたらそこまで狙われたりするんだろうな。まったく、面倒なもんだ。

 そうしてしばらく進むと、次の町が見えてきた。
 岩壁に寄生するように家が作られており、どことなくキノコを思わせる町並だった。

「詳細な地図がないからなんとも言えないが、恐らくはここがカラックの町だ」

 アリシアはごそごそとアイテムボックスから地図を取り出しつつ、そんなふうに呟いた。
 俺たちも一緒になってメニューからアイテムボックスを起動させる。ナズナはともかく、俺たちも耳を隠さないとな。
 フーデッドローブか、帽子とローブの組み合わせがあれば、町に潜入するのはどうにかなるだろう。
 そうして引っ張り出した装備品はというと……。
 フーデッドローブが1つ。ローブが2つに帽子が1つ……。って、帽子が1つ足りんがな。

「……えー。なにこれ、買いに行かなきゃダメなのかよ。超絶めんどくせーな」
「もうっ、ツバサ様はすぐにそういうことを言うんですから!」
「……どうする? 他の人間族の町を探して買い揃えてから出直すのか?」

 困惑する大人たちを尻目に、ナズナはというとマイペースを崩さなかった。

「……? 作ればいいと思う、です」

 その手があったか! と手を叩く三人。年を取れば取るほど思考が一本化するというのはまさしくこのことか。まぁ、俺だってちょっと考えれば思いついたけどね。なんなら出かかってたくらいだしね。惜しいなー、あと二秒あれば俺だって同じ閃きが出せたのになー。そしたら尊敬されてたのは俺だったのになー。
 ……だから、俺の思考を読んだ挙句、白けた目で見つめてくるのやめてくれませんか菊花さん。本当にクセになっちゃうからマジでやめて。

 ナズナの手腕はというと、かなりのものだった。
 俺のTシャツを綺麗に切り取り、織り上げて、縫い上げて、そのまま帽子へと改造した。まるで魔法のように姿を変え、アイテムが一つ完成していた。
 裁縫までできちゃうんすか……。しかし、その手並みたるや感銘を禁じ得ないな。

「……そ、そうでもない、です……っ!」

 そう遠慮しながらも喜色を隠せないナズナの表情に、俺たちは揃ってほっこりしていた。ういやつめ。
 ちょっとステータスを見せてもらうと、ランク20……だと……ッ!?
 少なくとも19、……いや、初期値はランク0だったな。つまり、20のスキルを獲得していることになるわけだが……。それがこの技量を後押ししているというわけか。
 それに、ナズナのステータスは生産系のスキルが軒並み高めだ。あと魔法系とか。……一部、料理系のスキルとかが低めだが、それでもランク10には達している。……アリシアの料理スキルはいくつぐらいだったっけな。確かとんでもなく高くて……確か40前後だったような……。限界値っていくつなんだ……?
 ちなみに俺はというと、ほとんどが10に届いていないという……。いや、考えたら負けだ。ほら、俺ってば大器晩成だから。今は至らなくても将来的には超有望株だから! ……大器晩成という言葉の便利さは異常。

 さて、とりま俺がこの元Tシャツの帽子、略してT帽を被ろうとすると、菊花がそれを遮った。むんずと、俺の腕を掴みながら、言う。

「……あ、あのっ!」
「なんでせう?」
「……それ、私が身につけてもいいですか……?」

 ……う~ん、元は俺が身につけてたTシャツなわけだし、あんまり女の子に着せるのもなぁ。確かに一度洗濯はしてるし、汚(きちゃな)いってわけじゃあないんだが……。……ていうか、普通着たがるか、こんなの?
 なんて、俺の思考は読まれたらしく、ナズナが苦言を呈した。

「バサ兄、失敬(しっけー)、です」
「……難しい単語知ってるね、ナズナたん……」

 いや、でも確かに失敬だったな。ナズナが作ってくれた服に対して……。確かに元はともあれ、帽子としてはよくできている。元々の残念さは微塵もない、素晴らしい出来だ。分かったよ。そこまで言うなら、くれてやろうじゃないか。

「大切にしてくれよ、俺の汗とか鼻水とかが染み込んだ大切なTシャツを使ったんだから……」
「……それ言われると、なんだか微妙な気持ちになってきました……」
「……じゃあ、やめるか?」
「えっと、……いえ、その……、ありがたく頂戴しますね」
「うむ。良きに計らえ」

 さて、そんなこんなで準備は完了した。
 ナズナの恰好はいつも通りなので省略。
 アリシアは騎士鎧姿にちょっと不格好な帽子を被っている。軍隊っぽいベレー帽みたいのなら似合ったのかもしれないが、まぁ急拵えだし仕方ないか。
 菊花は俺の元TシャツのT帽を被っている。黒い和装と白い綿製の帽子という組み合わせは良くない。悪いというほどではないが、どうなんだろう……。思ってた以上に不似合いではなくて良かったけども……。しかし、結論を言えば、ただのTシャツをよくぞここまで……と感心する出来ではあった。和装に合うかは別として、な。
 そして、俺はというと……。
 一同の反応は、微妙だ……。ナズナとお揃いのフーデッドローブなんだがな。アイテムボックスの中に鏡があれば良かったんだが、向けられる視線から好印象を感じられない。

「……バサ兄とお揃い、です……」
「うん、……うん、似合って、ますよ……?」
「……まぁ、なんというか。その……すまんな」

 おい、アリシア。何故謝る。
 ええい、気にしても始まるまい。俺は振り返らないのだ。ゆくぞ、カラックの町へ!



to be continued...