第九羽【護封巫女】④

 勇者と再会したカラックの町を出て、俺たちはいよいよ魔都トータスへと向かうことになった。
 人族であるという事実は、フードを被ればほとんど気にされることもなく、旅は順調に進んでいた。とはいえ、やはり長時間の滞在は危ないかもしれない。見つかったらどうなるのかはちょっと見当も付かないし。警戒だけは解かないようにしておかないとな……。
 カラック―トータス間の行き来は大体馬を走らせて1~2日くらいの道程だろうということだった。徒歩なら倍以上は間違いなく掛かる。旅の道程としてはそんなに遠出ではない距離だ。足場も街道がしっかりと延びているので、足を止められるような事態も起こりそうにない。順調に進めば1週間前後で到着はできるだろう。
 その期間のうちに、俺には処理せねばならない案件があった。俺はそれに頭を悩ませていた。

 一つは、スキルの習得だ。
 現状、俺たちの戦闘能力は決して高いとは言えない。菊花もアリシアも、ナズナだって戦闘能力は高い。俺も風魔法の習得で援護ならそこそこできるようにはなった。が、敵は強大だ。それで太刀打ちできるとは限らないのだ。
 現に前回の魔族三人組。あいつらにはかなりの苦戦を強いられた。逃げるだけで手一杯だったんだ。数の不利もあった。
 4対3なら負けなかっただろうか。……微妙なところだな。仲間を信じていないわけじゃないが、盲信するわけにもいかない。
 ……良く見積もっても五分といったところだろう。負ける可能性だって少なくはないはずだ。
 幹部クラス(恐らくだが)でこれなのだ。魔王に至っては勝利など望むべくもないだろう。つまりはそれだけの戦力差がある。
 ……確かにロサーナは放ってはおけない。だが、戦うとなれば敗北の可能性も考えなければならないだろう。もしかしたら犠牲だって出るかもしれない。いや、十中八九出るだろう。
 そのうえで考えろ。戦うべきなのか? 本当に俺たちの手に負える相手なのか?
 戦うなら強くならなければならない。スキルを習得し、戦力の底上げは必須だろう。今更レベリングして追いつけるのかという疑問も感じずにはいられないが、何もしないという選択肢は存在しない。
 戦うにしろ、戦わないにしろ、スキルの習得は長期的に考えれば、絶対に必要なことだろう。
 ……これ以上、力が足りなくて守れない、なんて状況はゴメンだからな。

 二つ目は、行動目標だ。
 つまり、今回の行動で何を目的に動き、何を果たすのか、ということ。
 ロサーナを勇者と共に救出し、勇者チームに引き渡すのが一番だ。あるいは勇者側が救い出すのをアシストできれば御の字と言える。
 そのうえで障害になるのは魔王とその配下たちだ。
 特に魔王は勇者ですら勝利を諦めるくらいの化物らしい。俺たちでは勝利など不可能だろう。そうなれば出遭ったら即退避というのが賢明だな。俺たちが勝利できるとしたら、その配下くらいが精々関の山といったところだ。
 俺たちはまともに戦うべきではない。
 確か勇者たちは国王軍と共に正面から魔王軍とぶつかるとか言ってたから、俺たちはそこには行くべきじゃないだろうな。それに戦闘が始まれば城の防御だって手厚くなるはずだ。もし、侵入するなら戦闘前には済ませておきたい。
 背後からヒットアンドアウェイで勇者を援護し、場合によってはロサーナを救出する。それが勇者が思い描いた構図なのかもしれない。
 ……俺はそれに乗るべきか否か。

 ……どうしたもんかな。
 俺はステータス画面を無意味にスクロールさせてみる。
 ランクは軒並み10以下。
 高めなのは〈風魔法〉の23と、〈危険察知〉が17とかかな。〈逃避行動〉も19ある。……この辺りはマグの修行の影響がモロに出ているな。
 ……あと〈電気耐性〉12ってなんだ。良く分からん能力も増えてやがる。キルアじゃないんだから。……まぁこの辺はナズナとミケの影響だろうが。
 〈剣術〉、〈体術〉、〈基礎魔法〉、〈術式詠唱〉……この辺りは10にも届かない。なんという有様だ。〈詠唱破棄〉はどうにか10に達している。もう少しどうにかしたいところだ。
 スキルのレベリング。スキルビルディングっていうのか? これはどういう基準で行うべきだろうか。優先順位が高いスキルはどれだ? どういう組み合わせで新しい技能を習得できるんだろう。そういう情報ってどこで得られるんだ?

「む……? スキルビルド? スキルのことなら図書館がいいのではないか? この辺りだとやはり王都が有名どころだな」

 通り過ぎたあとでそれ聞いてもなぁ。今更すぎるだろ。
 そう言えば王都はほとんど何もせずに通り過ぎてしまったんだったな。爺さんにもらった石もまだ鑑定してもらってなかったし。鍛冶に使えるって話だったのに、そういやすっかり忘れたまま通過してしまっていた……。
 まったく、無駄が多すぎるよなぁ……。どうにかしなければ。
 ロサーナの件が片づいたらどうにかしよう。うん、忘れないようにしとかないとな。

 道中でできることなんて、正直ほとんどなかった。
 敵が弱いのか、自分たちが強すぎるのか、苦戦することがほとんどないのだ。
 効率だけを求めるなら、あとは速度を向上させるとかも良さそうだ。強い相手にも有効ではあるだろう。だが、そのスキル構成で本当にいいのか? 
 速力だけを重視しても単純な力比べでは負けてしまう。量だけでは勝敗は決しない。質も重要な要素なのだから。
 とはいえ、他にすることもないし、とりあえずは効率だけを重視して戦闘を行うしかない。もっと何か……、有効なレベリングがあるんじゃないだろうか。
 ……こういうのって考えれば考えるほど徒労に終わるんだろうけど、考えずにはいられないものなんだよな。いつかこの迷いが後悔でなく成功への足掛かりになればいいんだが……。

 そんなこんなで、到着してしまった。
 俺はほとんど何もしていない。
 俺がしたことといえば、アリシアに剣術を教わったり、ナズナと調合をしたり、アリシアから今更ながら応急処置の方法を教わったり、……という細々としたことでしかない。
 僅かにスキルランクは向上したが、戦力的には大した違いはない。俺は胸の中には、漠然とした不安ばかりが渦巻いていた。

 ……まだ日が高いな。王城に忍び込むのは夜になってからのほうが良いだろう。
 アリシアの提案で俺たちはそこで野営をすることになった。火を焚くのはまずいということで、ひっそりと干し肉に齧り付くことで腹の虫を黙らせる。
 このあと、俺たちは魔王の住まう城へ突入することになるのか……。最終決戦ではないけれど、それに近い緊迫した状態だ。
 あっさりと眠りに就けるほど肝が据わっているわけでもない。月明かりをぼんやりと眺めながら、俺は如何にして不安を飼い慣らすかに終始していた。
 ……そんなときだった。

「……ツバサ殿。少しいいだろうか……?」
「夜這いだったら大歓迎だぞ」

 そんな俺の言葉に、アリシアは苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「……其方はこんなときでも相変わらずなのだな。少し感心したぞ」
「なんだよ? 夜伽をするにはムードが足りなすぎるんじゃないか?」
「無論、そんなわけなかろう。莫迦者……」

 アリシアは少しばかり勢いの足りないツッコミでそう言った。

「じゃあどうした? ヘタレ受け属性も嫌いじゃないが、それならそれでもう少し隙を作ってくれないとだな……」
「……それがどういう意味かは分からんし、分かりたくもないが……。だがそうやって、道化を演じるのも其方の優しさなのだな。……最近になって少しだけ分かったような気がする」

 真顔でそんなこと言われると、必死こいて無理してる俺がバカみたいだな。まぁバカなんだけど。なんならバカ犬なんだけど。 

「んで? どういう用件だよ? この優しい優しいツバサ様に何の用があるんだ? 慰めて貰いにきたのか? ……お代は高く付くぜ? ……代金はお前の純潔だ」
「……其方にならいつか渡しても良いかもな。……もちろん今は時期ではないが」

 なんだかおかしい。いつものアリシアらしくない。もっと恥じらいを持ってツンケンするツンデレ娘じゃなかったっけ? いや、確かにチョロイン的な面は見受けられたりはしたんだけども……。だが、それでもこんな易々と受け入れてくれるキャラではないはずだし、そこまで好感度を稼いだつもりもない。……ということはつまり、だ。

「はぁ……、分かったよ。相談に乗ってやる。……ロサーナのことだな?」

 アリシアは一瞬目を見開いた後、コクリと頷いてみせた。
 そしてあろうことか、そのまま俺の隣へ腰を下ろして座り込んだ。……これ、菊花に見つかったらドヤされそうじゃんよ?

「……あの、だな。……私は、ロサーナが現れるまで、ずっと勇者一行でいられるのだと思っていたんだ。誰もが憧れる勇者であるアルス様がいて、同じ剣の師を持つ幼馴染のジェラルドがいて、同郷で育った優秀な狩人のキャシーがいて、騎士であり守り手たる私がいる。術士として将来有望だがまだちょっと未熟なアシュレイ殿がいて……、私たちは魔王復活の報せを受けてから、ずっと旅をしていたのだ。……あの女が現れるまでは」
「……良く知らんが、どんなやつだったんだ? ロサーナって女はさ」
「……女の私でも嫉妬するくらい美しい女だ。……本当に、な。そして多くの男の目を魅了していた。アルス様だって例外ではないだろう。私では敵うまい。槍ばかり振ってきた筋肉ばかりの娘などとは比較にもなるまい。……だが、そのお陰で気づけたのかもしれない。私は、騎士である前に、女だったのだ、とな。一人前として見て欲しくて、私はずっと槍を振るってきた。けれど、本当はただ近くに居たかっただけなのかもしれない。そのために、それだけの理由のために私は勇者一行で在り続けようとしていたのだ。それはそれは滑稽な話ではないか。……私は、騎士としても、女としても、あの女に負けた。……だからこうしてここにいる」
「……そりゃあ、生憎だったな。ここには女に餓えた狼みたいな男と無害な女の子二人しかいないぞ?」
「女に餓えた、が聞いて呆れる。無防備な羊に手も足も出せない狼は、果たして餓えているのかな?」
「美味しく食べれるように太らせているのかもしれないぞ」

 なんて言うと、アリシアはカラカラと朗らかに笑った。

「早く食べぬと、枯れてしまうぞ?」
「そうなる前に召し上がるさ」

 アリシアは尚も笑い続けていた。道化呼ばわりもここまで行けば立派なもんだろ。

「うにゅー……。お腹すいた……、です」

 ナズナが菊花の身体をゆさゆさする。と、菊花がびくんと身体を震わせていた。……こいつ、起きてたな。

「はッ!? はい、どうぞ!!」

 ぼすっ! と、干し肉をナズナの口に突っ込んで黙らせると、菊花は、あははー、と照れ隠しみたいな笑みを浮かべる。
 俺とアリシアは顔を見合わせて、一緒に吹き出してしまった。菊花が頬を膨らませて威嚇してきたが、そんな遣り取りすら楽しくてついつい笑ってしまった。
 菊花も、段々可笑しくなったのか、自然と笑顔が零れ始める。
 ナズナはそれを見ながら、にしし……、と笑っていた。たぶん肉が美味かったんだろう。

 枯れさせなんてしねえさ。彼女たちが安心して笑っていられるように、俺はいつまでだって道化でいてやる。俺はそう、心に決めたのだった。

 そして、夜に紛れながらの救出作戦が決行された。



to be continued...