第十羽【逢魔ヶ時⑥】
彼の意識が途絶えると同時に、『僕』はしばらくぶりの覚醒をすることになった。
とはいえ、それもほんの少しの間だけの話だ。すぐにまた僕は眠りに就くことだろう。次に目を覚ますのはいつになるか、それは僕自身にも皆目見当も付かない。
もう一人の僕は、今眠りに就いている。互い違いにしか起きることができないなんて、まるでコインの表裏みたいだ。僕は自嘲したような笑いを唇の端に浮かべる。
目を開けると、傍らには黒髪の少女がいる。僕の従者である菊花。僕の大切な仲間だ。彼を通して、菊花を見てきた。彼女は彼女なりに成長し、大きく羽ばたこうとしている。それは僕にとってとても嬉しくて誇らしいことだった。
もう一人の僕も、それを喜んでいるのが伝わってくる。感覚や感情すら共有されているので、少し不思議な心地がするが、どちらも自分の感情として処理することにする。そうでなければ頭がおかしくなりそうだった。
菊花が僕を、少し不思議そうな顔で見つめている。さすがは従者だけあるね、もう僕と彼の違いに気づいたんだろう。僕は彼女を安心させるために微笑んでみせる。
その笑みの意味に気づいた菊花が、目を白黒させているので、僕は彼女の頭をポンと叩く。
「おはよう、菊花。しばらくぶりだね」
それがどういう意味なのかは、充分伝わっただろう。ただ、それを受け止めるのに幾分かの時間が掛かるかもしれない。まぁそれも仕方ないことだろう。
ああ、それに一応伝えておかないといけないこともあるなぁ。
「そうそう、僕はこのあとすぐに眠っちゃうから、そのあとは彼によろしくね」
僕と彼は同一人物だけど、彼女にとっては完全な同一ではないのだろう。だから、そのフォローをね。だいじょうぶ、彼はちゃんと戻ってくるから。心配は要らないよ。
さて。そこまでしてから、僕は従者から視線を外す。
視界に映るのは、彼を殺した、少女。
黒いドレスに金糸の髪を生やした少女。お伽噺に出てきそうなくらい美しい、可憐な少女。
その右腕だけが、不自然なくらい不似合いな赤に染められている。
それは彼の血……、というか僕の血だ。
少女の周りには、敗北したナズナとアリシア。蹲る二人がいる。
さすがに殺される心配はないだろう。圧倒的な力量差で捻られているから、大きな外傷は見当たらない。半端に力量さが少なければこの程度では終わらなかった可能性が高い。それは不幸中の幸いと言えた。
けれど、それはあくまで外見上の傷の話に過ぎない。そして、人間の傷跡というのは何も表面だけに創られるものではない。
心に、傷を残すことだって、ある。
今、この状況を放っておいたとして、目立った外傷は創られないだろう。だが、心に創られたその傷は、もしかしたら再起不能なレベルにまで達するかもしれない。
もちろんそれは予測でしかない。悪く見積もった結果でしかない。けれど……。
僕が直接関わったわけではないとはいえ、それでも僕にとって、そしてもう一人の僕にとって、彼女たちは大切な仲間なのだ。そんな仲間を傷つけることは、僕にはできないんだ。
だから僕は、戦う。そのための力を、僕は解放する。
その感覚は、奇しくも風魔法を使う際の感覚に似ている。支配からの脱却。その根幹は変わらない。ただ、その影響範囲が広くなるだけだ。
空の支配を逃れ、重力の支配を逃れ、世界の理から、脱却する。
世界という枠組みを超え、理屈や理論を超越した領域へと、飛翔する。
人の枠を越え、世界を飛び越え、龍の領域にアクセスする。
我は、龍なり。
視界の端で、ステータス画面が光る。スキルリストに新たな文字が浮かび上がる。
僕にとっては良く馴染んだ単語が、表示されている。
〈翼白(よくびゃく)〉スキルだ。〈???〉表記から一定の熟練度を経たことでランクが上がり、スキル名が表示されたのだ。
ちなみに、他にも〈不死鳥(リセッター)〉を習得している。たぶんどちらも〈翼龍〉としての能力がスキルに反映されたものだろう。
経験したことのあるものは熟練度として蓄積され、ある程度の蓄積量を超えることでスキルを習得できる。随分面白い世界だなぁ、と僕は少し感心していた。
……もしかしたら、弊害もあるかもしれないんだけどね。この〈不死鳥〉にもデメリットは存在するんだし。まぁそれを今から気にしても仕方ないか。なるようになるだろう。
ともかく。〈翼白〉を習得した。生まれつき高い魔力を有している存在が魔族なのだとしたら、この力は天敵になりうる。
これであの女の子を追い詰められれば、ナズナやアリシアの溜飲を下げることにもなるだろう。もちろん、僕の溜飲もね。
僕は、白い翼を羽ばたかせる。
すると、少し妙な反応が返ってきた。
黒い少女は、僕の翼を、恐れている? いや、驚いているのだろうか。しかし、何故?
似たようなスキルでも知っているのだろうか。それとも、姿が魔族的だからだろうか。
白い羽を生やした僕の姿は、どちらかというと天使っぽいと思うんだけどなぁ。まぁキリスト教が存在する世界でもないし、リアクションが普通じゃないとしても、まぁありえないというわけでもない。気にするだけ無駄だろう。
僕は、羽根を少女へ向けて飛ばす。〈白塵(ホワイト・ダスト)〉というスキルだ。
すると、羽根が少女の周囲に展開されていた『無色透明の魔術障壁』を吸い上げながら白い光を放ち始める。やはり、魔力の吸収はきちんと働いている。
そして、少女のほうもその影響に気づいたらしく、驚愕した表情を浮かべている。
咄嗟に飛び退いて、羽根の軌道上から逃れた少女は、恨めしそうに僕を見る。天敵認定でも受けたのかな。まぁその通りなんだけど。
ちょっと挑発でもしてみようかな。それで退いてくれたらありがたいけど、そこまで望むのは高望みが過ぎるかも……。
「おはよう、お嬢さん。主人公タイムは満喫できたかな? ……でもそろそろ退場の時間だよ。スポットライトが名残惜しいのは分かるけど、もうキミの出番は終了さ。舞台袖に捌けてくれないかな」
ギリっと、歯を食い縛る音が聞こえた。少女の形相が怖い。元が可愛いから余計に恐ろしいね。まるで僕が物凄い悪事を働いてしまったかのような錯覚にすら陥る。……まぁ錯覚でしかないんだけど。
「……ふざけないで。……なに? 死んだのに生き返って、お兄様みたいな羽を生やして、人格まで変わって、新たな能力まで宿して……。そんな都合の良い復活劇があるわけないでしょ?」
「あは、やだなぁ。全部、今キミの目の前で起こってることじゃないか。現実逃避という行為まで否定するわけじゃないけどさ。もう少し現実を見てくれてもいいんじゃないかなぁ」
「……ふざけないでって、言ってるのよッ! 〈宵闇の円舞曲〉(ミスト・クレッシェンド)……ッ!」
ドウッ!! ……と、少女が黒い靄を纏い出した。魔術障壁の全力版かな。……随分と密度が濃くなった。もしかしたら、白塵じゃ抑えきれないくらいの魔力量かも……。
「……ふふ、そうよ。もっと焦りなさい。ニンゲンと魔族のレベルの差は、一度や二度の奇跡で覆せるものじゃないんだから!」
……また、少女の勢いが戻ってきちゃったなぁ。けれど、的を射ている。
参ったな。これじゃあ、簡単にあしらって終わりにはならないなぁ。……少し本気にならないと。
敵とはいえ、年端もいかない少女を傷つけたくはないというのに……。あの靄を突っ切るためには少女を無傷では済ませられないだろう。いやぁ、参った参った。
「魔族を馬鹿にした罪は、その命で贖ってもらうわ。……踊りなさい、〈黄昏時の小夜曲〉(ダーク・レゾナンス)ッ!」
闇色の靄が球状になって飛んでくる。しかも無数に。
僕はその黒い玉を羽で打ち払い、無効化する。が、数が多い。……う~ん、しんどい。
ドゥォォオオオオオオオーーーーーーンッッ!! ……と、大きく砂煙を上げて爆発が起こる。
けど、あれだよね。このパターンってベジータの連続気功弾みたいにフラグでしかないよね。あの子は勝ち誇った顔をしてるけどさ。もう少し冷静に考えてみようよ。
……羽は何のためにあるかってさ。
僕は羽を大きく振りかぶると、技の事前準備を始める。羽根の持つ力を集中させ、僕の龍力(これは龍的なエネルギーの呼称だと思ってくれて良い)を漲らせる。
白い光を纏わせて翼が、一本の剣のように強く逞しいフォルムに生まれ変わってゆく。……なんか彼の意識がどこからか流れ込んできてヴェスペリアかって突っ込んでくる。……あのオープニングで出てきてた秘奥義のことだよね。
「心を鎖せ、空白を刻め、其は天を穿つ月剣(つるぎ)なり……ッ!! 龍技、白楼(ミトラスティア)ッッッ!!!!」
少女は、振り下ろす僕の一撃に気づいたみたいだけど、もう手遅れだよ。
……そもそも、次元に穴を開けられるくらいの威力があるんだから、咄嗟に受け止められるようなやわな攻撃じゃない。
あんまり女の子を怖がらせるのは好きじゃないけど、仲間のためだ。少しくらい張り切らせて欲しい。
グッゴゴゴゴガアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーンッッッ!!!! ……と、半端ない音が鳴り響く。
直接当たらないように撃ったから、死んではいないはずだけれど……。だいじょうぶかな?
煙が晴れると、少女はペタン……。尻餅をついていた。……なんか可愛らしい。
なんて思ったのは一瞬で、見られていると気づいた瞬間、姿勢を正そうとするが、立ち上がりはしない。ひょっとして腰を抜かしてしまったんだろうか。
少女は恥じらいか怒りかは分からないが顔を赤く染めていきり立つ。
「……ふ、ふんッ! ちょ、調子にノらないことね! 貴方ごとき、お兄様がいたら二秒で炭屑なんだからッ!」
……この子、どんだけブラコンなんだろう。
なんて思っていると、少女は上目遣いに睨んできた。……なに?
「なにキョトンとしているの!? このワタシに膝を付かせたのよ! 名乗りを上げるチャンスでしょうが!」
そんなチャンスは要らないけれど、ひょっとして名乗りたいのかなぁ。じゃあ、しょうがないか。
「僕はツバサ。翼龍だよ」
「ワタシはシャルロッテ。魔族の頂点、〈幻性魔族(クロノス)〉の麗しき姫君よ」
僕が右手を差し出すが、シャルロッテは親の仇でも見るような目で僕を睨めつけてくる。なんだよ、仲直りフラグじゃなかったのかよぉ。
「……ってヨクリュウ? なんなのそれ?」
シャルロッテはしばらくポカンとしていたが、そろそろ仲間たちの様子が気になってきた。しばらく放置しちゃったけど、大丈夫だろうか。
と、少女から視線を動かした瞬間、それはいた。
「……ほう、面白いな。まさかシャルロッテを打ち倒すほどの者がいるとは……。貴様、ニンゲンではないのか……?」
魔王、……だってッ!?
勇者たちはどうしたんだ? 彼らの戦いは……!?
……なんて見るまでもないか。生死はともかく、勝敗は決しているのだろう。
魔王の鎧はほとんど傷ついていないが、一本だけ胸元に亀裂が走っている。これっぽっちのものが、唯一の戦果だっていうのか……。勇者と魔王……、いや、人間と魔族の力の差が開きすぎている……。僕は背筋に冷たいものが走る感覚がした。
「……ふむ。興味深い限りだが、我が一族の姫君が負傷しているとあっては、こちらも退くしかあるまい。……名は、ツバサと言っていたか。覚えておこう」
そんな風に言うと、魔王はシャルロッテをお姫様抱っこしてさっさと立ち去ってしまう。
取り残された僕は唖然としてしまうけど、とりあえずまぁ、なんとかなったか。
僕はそのまま後ろ向きに倒れてしまう。
……さっきもちらっと言った通り、代償がないわけじゃないんだ。でなきゃチート過ぎるでしょ? こんな能力さ。
「ツバサ様ッ!!」
菊花が僕の身体を支えてくれてるが、だんだん意識が遠くなってゆく。
ヒーロータイムは短いもんなんだよ。さて、それじゃあ後は頼んだよ、もう一人の僕。
to be continued...
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第十羽【逢魔ヶ時⑥】
彼の意識が途絶えると同時に、『僕』はしばらくぶりの覚醒をすることになった。
とはいえ、それもほんの少しの間だけの話だ。すぐにまた僕は眠りに就くことだろう。次に目を覚ますのはいつになるか、それは僕自身にも皆目見当も付かない。
もう一人の僕は、今眠りに就いている。互い違いにしか起きることができないなんて、まるでコインの表裏みたいだ。僕は自嘲したような笑いを唇の端に浮かべる。
目を開けると、傍らには黒髪の少女がいる。僕の従者である菊花。僕の大切な仲間だ。彼を通して、菊花を見てきた。彼女は彼女なりに成長し、大きく羽ばたこうとしている。それは僕にとってとても嬉しくて誇らしいことだった。
もう一人の僕も、それを喜んでいるのが伝わってくる。感覚や感情すら共有されているので、少し不思議な心地がするが、どちらも自分の感情として処理することにする。そうでなければ頭がおかしくなりそうだった。
菊花が僕を、少し不思議そうな顔で見つめている。さすがは従者だけあるね、もう僕と彼の違いに気づいたんだろう。僕は彼女を安心させるために微笑んでみせる。
その笑みの意味に気づいた菊花が、目を白黒させているので、僕は彼女の頭をポンと叩く。
「おはよう、菊花。しばらくぶりだね」
それがどういう意味なのかは、充分伝わっただろう。ただ、それを受け止めるのに幾分かの時間が掛かるかもしれない。まぁそれも仕方ないことだろう。
ああ、それに一応伝えておかないといけないこともあるなぁ。
「そうそう、僕はこのあとすぐに眠っちゃうから、そのあとは彼によろしくね」
僕と彼は同一人物だけど、彼女にとっては完全な同一ではないのだろう。だから、そのフォローをね。だいじょうぶ、彼はちゃんと戻ってくるから。心配は要らないよ。
さて。そこまでしてから、僕は従者から視線を外す。
視界に映るのは、彼を殺した、少女。
黒いドレスに金糸の髪を生やした少女。お伽噺に出てきそうなくらい美しい、可憐な少女。
その右腕だけが、不自然なくらい不似合いな赤に染められている。
それは彼の血……、というか僕の血だ。
少女の周りには、敗北したナズナとアリシア。蹲る二人がいる。
さすがに殺される心配はないだろう。圧倒的な力量差で捻られているから、大きな外傷は見当たらない。半端に力量さが少なければこの程度では終わらなかった可能性が高い。それは不幸中の幸いと言えた。
けれど、それはあくまで外見上の傷の話に過ぎない。そして、人間の傷跡というのは何も表面だけに創られるものではない。
心に、傷を残すことだって、ある。
今、この状況を放っておいたとして、目立った外傷は創られないだろう。だが、心に創られたその傷は、もしかしたら再起不能なレベルにまで達するかもしれない。
もちろんそれは予測でしかない。悪く見積もった結果でしかない。けれど……。
僕が直接関わったわけではないとはいえ、それでも僕にとって、そしてもう一人の僕にとって、彼女たちは大切な仲間なのだ。そんな仲間を傷つけることは、僕にはできないんだ。
だから僕は、戦う。そのための力を、僕は解放する。
その感覚は、奇しくも風魔法を使う際の感覚に似ている。支配からの脱却。その根幹は変わらない。ただ、その影響範囲が広くなるだけだ。
空の支配を逃れ、重力の支配を逃れ、世界の理から、脱却する。
世界という枠組みを超え、理屈や理論を超越した領域へと、飛翔する。
人の枠を越え、世界を飛び越え、龍の領域にアクセスする。
我は、龍なり。
視界の端で、ステータス画面が光る。スキルリストに新たな文字が浮かび上がる。
僕にとっては良く馴染んだ単語が、表示されている。
〈翼白(よくびゃく)〉スキルだ。〈???〉表記から一定の熟練度を経たことでランクが上がり、スキル名が表示されたのだ。
ちなみに、他にも〈不死鳥(リセッター)〉を習得している。たぶんどちらも〈翼龍〉としての能力がスキルに反映されたものだろう。
経験したことのあるものは熟練度として蓄積され、ある程度の蓄積量を超えることでスキルを習得できる。随分面白い世界だなぁ、と僕は少し感心していた。
……もしかしたら、弊害もあるかもしれないんだけどね。この〈不死鳥〉にもデメリットは存在するんだし。まぁそれを今から気にしても仕方ないか。なるようになるだろう。
ともかく。〈翼白〉を習得した。生まれつき高い魔力を有している存在が魔族なのだとしたら、この力は天敵になりうる。
これであの女の子を追い詰められれば、ナズナやアリシアの溜飲を下げることにもなるだろう。もちろん、僕の溜飲もね。
僕は、白い翼を羽ばたかせる。
すると、少し妙な反応が返ってきた。
黒い少女は、僕の翼を、恐れている? いや、驚いているのだろうか。しかし、何故?
似たようなスキルでも知っているのだろうか。それとも、姿が魔族的だからだろうか。
白い羽を生やした僕の姿は、どちらかというと天使っぽいと思うんだけどなぁ。まぁキリスト教が存在する世界でもないし、リアクションが普通じゃないとしても、まぁありえないというわけでもない。気にするだけ無駄だろう。
僕は、羽根を少女へ向けて飛ばす。〈白塵(ホワイト・ダスト)〉というスキルだ。
すると、羽根が少女の周囲に展開されていた『無色透明の魔術障壁』を吸い上げながら白い光を放ち始める。やはり、魔力の吸収はきちんと働いている。
そして、少女のほうもその影響に気づいたらしく、驚愕した表情を浮かべている。
咄嗟に飛び退いて、羽根の軌道上から逃れた少女は、恨めしそうに僕を見る。天敵認定でも受けたのかな。まぁその通りなんだけど。
ちょっと挑発でもしてみようかな。それで退いてくれたらありがたいけど、そこまで望むのは高望みが過ぎるかも……。
「おはよう、お嬢さん。主人公タイムは満喫できたかな? ……でもそろそろ退場の時間だよ。スポットライトが名残惜しいのは分かるけど、もうキミの出番は終了さ。舞台袖に捌けてくれないかな」
ギリっと、歯を食い縛る音が聞こえた。少女の形相が怖い。元が可愛いから余計に恐ろしいね。まるで僕が物凄い悪事を働いてしまったかのような錯覚にすら陥る。……まぁ錯覚でしかないんだけど。
「……ふざけないで。……なに? 死んだのに生き返って、お兄様みたいな羽を生やして、人格まで変わって、新たな能力まで宿して……。そんな都合の良い復活劇があるわけないでしょ?」
「あは、やだなぁ。全部、今キミの目の前で起こってることじゃないか。現実逃避という行為まで否定するわけじゃないけどさ。もう少し現実を見てくれてもいいんじゃないかなぁ」
「……ふざけないでって、言ってるのよッ! 〈宵闇の円舞曲〉(ミスト・クレッシェンド)……ッ!」
ドウッ!! ……と、少女が黒い靄を纏い出した。魔術障壁の全力版かな。……随分と密度が濃くなった。もしかしたら、白塵じゃ抑えきれないくらいの魔力量かも……。
「……ふふ、そうよ。もっと焦りなさい。ニンゲンと魔族のレベルの差は、一度や二度の奇跡で覆せるものじゃないんだから!」
……また、少女の勢いが戻ってきちゃったなぁ。けれど、的を射ている。
参ったな。これじゃあ、簡単にあしらって終わりにはならないなぁ。……少し本気にならないと。
敵とはいえ、年端もいかない少女を傷つけたくはないというのに……。あの靄を突っ切るためには少女を無傷では済ませられないだろう。いやぁ、参った参った。
「魔族を馬鹿にした罪は、その命で贖ってもらうわ。……踊りなさい、〈黄昏時の小夜曲〉(ダーク・レゾナンス)ッ!」
闇色の靄が球状になって飛んでくる。しかも無数に。
僕はその黒い玉を羽で打ち払い、無効化する。が、数が多い。……う~ん、しんどい。
ドゥォォオオオオオオオーーーーーーンッッ!! ……と、大きく砂煙を上げて爆発が起こる。
けど、あれだよね。このパターンってベジータの連続気功弾みたいにフラグでしかないよね。あの子は勝ち誇った顔をしてるけどさ。もう少し冷静に考えてみようよ。
……羽は何のためにあるかってさ。
僕は羽を大きく振りかぶると、技の事前準備を始める。羽根の持つ力を集中させ、僕の龍力(これは龍的なエネルギーの呼称だと思ってくれて良い)を漲らせる。
白い光を纏わせて翼が、一本の剣のように強く逞しいフォルムに生まれ変わってゆく。……なんか彼の意識がどこからか流れ込んできてヴェスペリアかって突っ込んでくる。……あのオープニングで出てきてた秘奥義のことだよね。
「心を鎖せ、空白を刻め、其は天を穿つ月剣(つるぎ)なり……ッ!! 龍技、白楼(ミトラスティア)ッッッ!!!!」
少女は、振り下ろす僕の一撃に気づいたみたいだけど、もう手遅れだよ。
……そもそも、次元に穴を開けられるくらいの威力があるんだから、咄嗟に受け止められるようなやわな攻撃じゃない。
あんまり女の子を怖がらせるのは好きじゃないけど、仲間のためだ。少しくらい張り切らせて欲しい。
グッゴゴゴゴガアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーンッッッ!!!! ……と、半端ない音が鳴り響く。
直接当たらないように撃ったから、死んではいないはずだけれど……。だいじょうぶかな?
煙が晴れると、少女はペタン……。尻餅をついていた。……なんか可愛らしい。
なんて思ったのは一瞬で、見られていると気づいた瞬間、姿勢を正そうとするが、立ち上がりはしない。ひょっとして腰を抜かしてしまったんだろうか。
少女は恥じらいか怒りかは分からないが顔を赤く染めていきり立つ。
「……ふ、ふんッ! ちょ、調子にノらないことね! 貴方ごとき、お兄様がいたら二秒で炭屑なんだからッ!」
……この子、どんだけブラコンなんだろう。
なんて思っていると、少女は上目遣いに睨んできた。……なに?
「なにキョトンとしているの!? このワタシに膝を付かせたのよ! 名乗りを上げるチャンスでしょうが!」
そんなチャンスは要らないけれど、ひょっとして名乗りたいのかなぁ。じゃあ、しょうがないか。
「僕はツバサ。翼龍だよ」
「ワタシはシャルロッテ。魔族の頂点、〈幻性魔族(クロノス)〉の麗しき姫君よ」
僕が右手を差し出すが、シャルロッテは親の仇でも見るような目で僕を睨めつけてくる。なんだよ、仲直りフラグじゃなかったのかよぉ。
「……ってヨクリュウ? なんなのそれ?」
シャルロッテはしばらくポカンとしていたが、そろそろ仲間たちの様子が気になってきた。しばらく放置しちゃったけど、大丈夫だろうか。
と、少女から視線を動かした瞬間、それはいた。
「……ほう、面白いな。まさかシャルロッテを打ち倒すほどの者がいるとは……。貴様、ニンゲンではないのか……?」
魔王、……だってッ!?
勇者たちはどうしたんだ? 彼らの戦いは……!?
……なんて見るまでもないか。生死はともかく、勝敗は決しているのだろう。
魔王の鎧はほとんど傷ついていないが、一本だけ胸元に亀裂が走っている。これっぽっちのものが、唯一の戦果だっていうのか……。勇者と魔王……、いや、人間と魔族の力の差が開きすぎている……。僕は背筋に冷たいものが走る感覚がした。
「……ふむ。興味深い限りだが、我が一族の姫君が負傷しているとあっては、こちらも退くしかあるまい。……名は、ツバサと言っていたか。覚えておこう」
そんな風に言うと、魔王はシャルロッテをお姫様抱っこしてさっさと立ち去ってしまう。
取り残された僕は唖然としてしまうけど、とりあえずまぁ、なんとかなったか。
僕はそのまま後ろ向きに倒れてしまう。
……さっきもちらっと言った通り、代償がないわけじゃないんだ。でなきゃチート過ぎるでしょ? こんな能力さ。
「ツバサ様ッ!!」
菊花が僕の身体を支えてくれてるが、だんだん意識が遠くなってゆく。
ヒーロータイムは短いもんなんだよ。さて、それじゃあ後は頼んだよ、もう一人の僕。