第十羽【逢魔ヶ時⑧】
目を覚ました俺は、暗闇の中にいた。
まだ夢の中なのか、と思ったのは一瞬。身体の感覚は、現実世界のそれだったのだ。
身体に掛かる重力は、疲れを訴えるようで、柔らかなベッドの感触は、癒しを与えるかのようだった。
全身が気怠くて、起きたくない。いつまでも寝ていたい。永眠したいマジで。
とはいえ、気になることは多いし、じっとしてるのも退屈だ。寝るのは心地良いが、いつまでも寝続けるのは苦痛だしな。そろそろ起きるとしよう。
上体を起こして周囲を見渡す。
全体的に暗くて、全容は掴めないが、消毒液の匂いもするし、きっと病院だろう。……こっちふうに言うなら治療院とでも言うのか? 気づけば俺の服も着替えさせられている。ゆったりとした寝間着だ。
ふと右手が何かにぶつかりそうになったので、慌てて視線を合わせると、そこには頭があった。誰のかというと、それはすぐに分かった。というか予想通りというか。
俺の可愛い従者はヨダレを垂らしながら無防備に寝ている。普段はしっかりしてるっぽいのに、ちょいちょい抜けてるんだよな、こういうところ……。
俺は布巾を見つけたので、菊花のヨダレを拭ってやる。
「……んぅ、ツバサ様ぁ、えっちぃですよぉ……」
生意気言うのはこの口か。俺は布巾を口の中に突っ込んでやる。ふぐふぐ言って少し苦しそうに呻く菊花。……あれ、この布巾ちゃんと清潔な布巾だよな? 床拭いたりしてないよな? ……気にしないでおこう。
そっと、布巾を元あった場所へ戻して、俺はそのまま右手を菊花の頭へと伸ばす。
髪の毛並みに沿うように、そっと頭を撫でると絹のような感触が返ってきた。手はすぐに温まってほぐされる。なんだかほっこりする。
それにしてもアレだな。撫でるという行為は少し不思議だな。相手を安心させるための行為だと思っていたが、安心させられているのはむしろ俺のほうかもしれない。大切な仲間がそこに居てくれること。それを深く実感するために、人は誰かを撫でるのかもしれない。そう考えると、スキンシップとしては最上級の行為のような気もする。……いや、だがしかし。……最上級といえば、やはりアレは外せないだろう。未成熟な男の求める至高のスキンシップといえば、まぁアレしか思い浮かばないだろう。サックス、それは楽器だ。シックス、それは数字だ。スックス、それは何やねん。ソックス、それは靴下。
……しかしまぁ、ここまで無防備な姿を見せられると、いっそ性欲なんて湧いてこないから不思議だ。そうか、そうして童貞はいつまでも以下略。
一度死んだからだろうか。あるいはもう一人の自分が覚醒したからだろうか。やらなければならないことが山積みだと、思い知らされてしまう。
熟練度稼ぎや、スキルビルディング、そういった修行が必要だ。俺自身の強化ももちろん必要だが、仲間たちの強化も優先順位はかなり高い。
装備やアイテムの開発も必要だろう。そう考えると、今までの俺はいかに適当に攻略を進めてきたかが、目に見えて分かってくる。
けど、状況も調べなきゃならないな。
周辺環境の調査も必須だ。地形や社会の知識だって攻略の足掛かりとしては重要といえる。今まではそれらを蔑ろにしすぎた。それは大いに反省点だな。
それらを調べるためにもベッドから這い出たいが、菊花を起こすのも忍びない。今だけ、もう少しだけ、こうしてもいいだろうか。もう少しだけ、その柔らかな体温を感じていてもいいだろうか。
頭を撫でるのも満喫して、そろそろ退屈だなーと思い始めた頃、菊花は目を覚ました。
「……ツバサ様っ!」
ぎゅっ! ……と、抱きついてくる。ちょっと予想はしていたんだが、それでも早鐘を打つ心臓はどうしようもない。私の童貞力は53万です。
「良かったです、……もう目を覚まさないんじゃないかって心配で……」
「心配し過ぎだっての」
「だって……ッ!」
菊花は目に涙を浮かべる。息が掛かりそうな距離でだ。だから、間近でそういう迂闊なアクションするなって! ……童貞は変身をするたびに性欲が遙かに増す……。その変身をあと二回も俺は残している。……その意味が分かるな?
「……私はもう、気づいてしまったんです。ツバサ様がいないと、私は何もできないんだって。……こんな無様な従者で申し訳ありません。……でもッ! こんな私でも傍に居させてもらえませんか!?」
……ふぅ、迂闊な冗談は考えられなくなっちまったな。そんな真剣に懇願されたんじゃ、しょうがないか。……なんて言ったところで、答えは決まっているけども。
「ふがいないのは、俺だって同じだ。だから、今までみたいに助けてくれ。俺だってお前が必要だよ、菊花」
「……ツバサ様ッ!」
ぎゅっ! あ、柔らかい感触が……。主張は弱いがそれでも確かにそこにある奇跡。ああ、愛は其処に在ったのだ。
「……ツバサ様」
あ、怒っていらっしゃる。けど、言い訳させていただくならそれは無防備なあなたにも責任が――
「……今日だけは許してあげます。生き返ってくれた、感謝の気持ちです」
お、おう……。
「……ツバサ様、あれから思い出せましたか? ……月詠ノ国のこと……」
「……はて。ツクヨミ……?」
ヤマネコ様に付いてきてたピエロのことか? それとも月代国に伝わる心具の名前だったっけ?
「……え、以前一度思い出してくれませんでした?」
「……え…………?」
…………、まさかとは思うが。
「代償って、こういうことか……?」
「……そんな……ッ!?」
というか、以前のツバサの話しぶりから少しは想定しておけよって話だけど……。
……そうか龍力の消費は、記憶の喪失を促すっていうことか。大きく消耗すれば記憶や人格すら失いかねない。以前のツバサと同様に。
とはいえ、全くの消失というわけではないかもしれない。あいつは期限付きとはいえ復活できたわけだし。
……だが。記憶を失くす可能性は、なくなったわけではない。
今後大きく力を使うことがあれば、消失のリスクは依然間違いなく存在することだろう。
今、こうしていることも、菊花のことも、アリシアのことも、ナズナのことも。忘れる可能性がある。
「ツバサ様……」
「……だいじょうぶだよ、そんな顔するな。俺が思い出せなくっても、お前が覚えていてくれるだろ」
「そんなの、当たり前じゃないですかっ」
俺は菊花を宥めるように、ぽんと頭を撫でてやる。
それで溜飲は下がったのか、菊花は食い下がった。
「……けど、思い出は共有したいんです。だから、……無理しないでくださいね。……ツバサさん」
そんなふうに、菊花は最後だけ呼び方を変えながら言った。ホントに、俺にはもったいないような女の子だよ、マジで。
――
起きてからしたのは旅の準備だった。アイテムボックスを精査し、要らないものは売り払い、金銭に換える。合成用に素材を確保しておきたいのもあったが、ナズナに訊いて必要なさそうなものは全部処分した。これからボックス内の整理を行ううえで要るか要らないか分からない物を置いておくのも無意味だからな。ちょっと思い切って処分した。
それから衣料品や食料を確保しておきたかったんだが、さすがに戦闘直後ともなるとどこでも必要とされるらしく、戦闘直後の砦ごときでは手に入れることは叶わなかった。仕方なく調理用具を調達してアリシアのボックスに入れてもらった。調理班はキミに決めた!
お金の管理は、菊花に任せる。しっかりしてそう、……というよりは、単純に役割が余っただけなんだが、わざわざそれを言って不興を買うのもバカらしいので、菊花を信用しているからだ、と答えると、菊花は実に嬉しそうに引き受けてくれた。……心が痛む。
……とにかく、そんなふうにして旅立ちの準備は整っていった。
夕飯は食卓を囲んで美味しくいただき、後片付けを手伝わせてもらうと、アリシアは恐る恐る……といった感じで訊いてきた。
「……その、なんだ。……勇者たちはもう先へ進んだそうだ。我々も次の行動を決めねばならんな」
「……なんだ? 何か案でもあるのか、聞くだけ聞くぞ?」
アリシアは少し気後れしながら呻いた。
「……まるで言うだけ無駄みたいではないか……」
「はっはっは……、無駄無駄無駄ァッ!!」
元ネタを知らないアリシアは若干ポカンとしていたが、そこから口にした案は、なかなか悪くないものだった。
「なぁ、王都へ戻らないか」
「……理由を訊いても?」
「……うむ。今回の戦いで、私は自分の実力を思い知ったのだ。私はまだまだ弱い。もっと強くならねば、守るべき者も守れまい。王都の図書館でより強くなるための手掛かりを得られないだろうか、……と」
概ね俺が考えていたことと一致する。情報収集のために一度本を読み漁っておきたいところだ。実地で得られるものも少なくはないが、先人の知恵をもっとも効率よく吸収する術は、やっぱり読書だろう。
それに俺に足りないこの世界の知識を知るのにも役立つし、優先順位は高い。
「装備品や素材も集まるだろうし、それについては俺も賛成だ。けど、そう易々と辿り着けるとは思わないことだな……」
「……? ど、どういう意味だ?」
俺は薄ら寒くなるような怪しい笑みを浮かべたまま、敢えて黙る。
案の定、アリシアは居心地が悪くなったのか顔を背けてしまう。
「さ、さて! 後片付けも終わったことだし、日課の素振りを行わなくては! それではな!」
なんて言いながら、アリシアはそそくさと部屋を出ていった。俺はそのままその背中を見送る。
夜も更け眠くなる時間だが、その前に戦場で汚れまくった身体を洗浄しようと(もちろんダジャレだ)していると、浴室には先客がいた。
衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になったナズナだった。
無防備なやっちゃな。耳とか尻尾とか見られたらどうするつもりだったんだよ。
「……バサ兄。お風呂、です?」
「ああ、そうだな。洗うの、手伝ってやろうか」
「やって欲しい、です」
さすがに下心はない。9歳の女の子に欲情とかはしないさ。浴場ではあるけれど(くどいようだが、ダジャレだ)。
この世界にある浴場は湯船とかはなくて、洗い場みたいなエリアだけで構築されている。お湯はでっかい樽みたいなところから供給されるが、最初はただの水なので魔力を注ぐ必要がある。
金を払って魔術師にやってもらうか、自分で魔力を供給するしかないわけだ。
樽から桶に水が注がれ、そこに魔力をぶち込んでお湯にするわけだが、今の今まで俺にはさっぱりできなかったはずの湯沸かし器が今回はきちんと動作している。……これもツバサが覚醒した影響かな。過去の世界の魔法を使った記憶が作用している可能性が高い。
まぁ、事情はともあれ、使えるのならありがたく使わせてもらおう。どっちみちお湯を自炊できたとしてもお金は払わなきゃいけないんだけどな。まぁ、魔術師を雇うよりは安いからいいか。
ざぶざぶーと、ナズナの汚れを流してやると、ナズナはぶるぶるっ! と、イヌみたいに水を飛ばす。俺もびしょびしょになっちまったが、可愛いから許す。
「……くふ、なんだかくすぐったい、です」
「何言ってんだ。くすぐったいのはこれからだぞー。ぐふふふふ……」
「ふぇ、きゃははっ、りゃ、りゃめ、れすぅっ!」
全身泡まみれになりながら、俺たちは遊んだ。いや、洗ったってばよ。マジで。
そうして夜が更けていき、俺は自室となっていた宿へ戻ると、いきなり菊花に後ろから抱きつかれた。
「……今夜は、寝かせませんから」
喜んでッ!
はッ!? ……じゃなかった。菊花さん何言ってんの?
…………っていうか、菊花さん? あなた、ひょっとして、まさかとは思いますが……。
……酒臭えぞオイ。
……そして、僅か五分後の話。
俺はベッドに腰掛けたまま、菊花に詰められていた。激詰めと言って良い。
「だいたい~、ツバサ様はえっち過ぎるんですよぉ~。聞いてますかぁ~?」
「はいはい、聞いてますよ」
「返事が雑です。バカにしてるんですか?」
「……すいません」
さっきからずっとこの調子だ。っていうか、なんで酒呑んでるの、菊花たん。
「……あの、つかぬ事をお聞きしますが、菊花さん、なんでお酒呑んでるの?」
「それはぁ~、私のご主人様がふがいないからに決まってるじゃないですかぁ~」
「そうですね、すみません。全部俺の所為でしたね。申し訳ありませんでした」
低頭平身、尽くさせていただきます。さぁさ、お踏みくださいませ。どうぞよしなに。
「なんで若干鼻息が荒いんですかぁ~?」
しまった、つい興奮して……。
「ホント、どうしようもない人ですねぇ~。どうして私はこんな人を……、ヒック……」
……それにしてもメンドクサイ酔い方してるな……。今後菊花には酒は呑ませない方が良さそうだぞ。
「ねぇ~、ツバサ様? 聞いてるんですかぁ?」
「ああ、聞いてるって」
「だから返事が雑ですって。舐めてるんですか」
ちくしょう……。どうすりゃいいってんだ。
「……ホントにもう、ツバサ様は私がいないと、何もできないんですからぁ~。なんなら私がずっと面倒みてあげますよ?」
「喜んでッ!」
……しまった。デカイ釣り針に飛びつきすぎた……。
「……ホントにツバサ様は女の子の気持ちに鈍感で、鈍々(にぶにぶ)で愚鈍なんですからぁ~。でも、言うこと聞いてくれたら、許してあげます。感謝してくださいね」
「分かった。なんでもするから、だから許して!」
というかもう早くこの場を去りたい。助けて、えーりん!
すると、しゅるっ……。そんな衣擦れの音を立てながら、菊花が艶めかしく俺の隣に腰掛ける。
やっぱ酒臭え! ていうか顔近い! あと、表情がなんかエロイ!
「誓ってください。私が泣きそうなときはずっと傍に居てください。ツバサ様が泣きそうなときは私に傍に居させてください。嬉しいときは一緒に笑いましょう。私を世界一幸せな女の子にしてください。……良いですね?」
「……当たり前だ!」
俺は即答する。あんまりとんでもないことじゃなさそうだし、無問題(もうまんたい)。なんならナミに助けてと言われて即答するルフィ並みに堂々と答えてやった。
「……じゃあ、誓いのキスをしましょう」
「そうですね」
……あれ? なんかおかしくない? と思ったのは全てが手遅れになった後のことだった。
ちゅ……。
微かにそんな音がして、唇と唇が離れた。それは僅か一瞬のことだった。
眼前には顔を赤らめた菊花がいて、目を合わせようとはしてくれない。
ひょっとして、まさかとは思うのだが、いやしかし、そんな馬鹿な……。
「……お酒で誤魔化せるかと思ったんですけど、やっぱり恥ずかしいですね……」
なんて、いじらしい態度で答えるものだから、俺はもう……。
「菊花。誓いと言うならば、やっぱりもっとしっかり誓い合ったほうがいいよな」
「……え? ……そ、そうですね……っ!」
では……。
ちょっと強引だったが、構うものか。この状況で止まれるようなら童貞を恥じたりはしないんだよ。いいか、俺は女の子が大好きなんだよ!
「ん……、んちゅ……ふぁ……んぅ……」
吐息がエロイ。耳に入る情報全てがエロイ。
感触は柔らかい。人の唇ってやつはこんなにも柔らかいもんなのか。
味はイチゴ味とかレモン味とか、そんなふざけた話も聞いたことあったが、当たり前だが無味無臭だ。自分のヨダレと大差ない。
ただ、そこには温もりがある。自分の奇行すら受け入れてくれる優しい従者がいる。可愛い女の子がいる。
それがたまらなく心地良い。やってることは相当に気持ち悪い行為なんじゃなかろうかと思うが、それに一生懸命答えてくれる人がいる。そんないっそファンタジーみたいな現象が、今この瞬間ここで巻き起こされている。
すごい。ものすごくすごい。
バカみたいな感想だが、それしか思いつかない。それにすごく幸せで満ち足りた気分だ。……いや、それは少し違うかも……?
だって、俺は愚かにも、その先を欲しくなってしまっている。
息苦しさもあって呼吸も荒くなってるし、身体が火照ってきてしまっている。それは菊花も同じだろう。
魔性。言うなればそれがそこにいた。
逢魔が時に始まった戦いで魔族に出遭い、そして俺は本当の魔性に出遭った。
菊花という女の子が放つ色気こそが、本当の魔なのではなかろうか。
ところで、……ベロって入れてみてもいいんだろうか。……なんて思った矢先。
突然菊花の顔色が青白い。……あれ? さっきまで顔を赤らめていなかったっけ? あれー?
そして、俺は苛烈に責めに回ったことを深く後悔することになる。
「うぶ、うげえ……ケホっ……」
「ひ、ぎぃ……きゃあああああああああああああ!!!」
酔いが回りきった菊花はあろうこと胃の中から全部リバースしてしまった。しかも俺の顔目掛けて全部。
ゲロまみれになった俺の悲鳴が、宿に悲しく響き渡った。
「どうしたのだ、ツバサ殿っ!? って、キッカ殿、ツバサ殿に覆い被さって何を……っ!? 勇気を出すと言うから酒を勧めたのは確かに私だが、その、よ、よよ夜這いのような真似事は慎むべきだと思うのだぞ!」
「おい、そこのバカ騎士。お前が黒幕なのは分かったからとっととこのゲロを片付けるのを手伝ってくれ」
「ゲロ……? って、どうしたのだキッカ殿ォー!」
「アリ姉、さっきから何して……、ゲ、……ゲロロォー」
「おいナズナ、貰いゲロしてんじゃねえ! 下に行って水を貰ってこい!」
「うう……なんだか私まで、気持ちが悪くなって……ウゲェェェエエエ……」
「てめえら、いい加減にしろォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
――
そんなツバサたちがゲロと格闘している最中、ほぼ同時刻――。
二人の少女がそこにいた。
「ようやく補足したし……」
「……幾星霜の夜を越えて、ようやく其方に逢えるのじゃな。……我が片翼(かたよく)よ」
「ふふ、愛しのダーリンに逢えるのがそんなに嬉しいの?」
「当然じゃろう、其方は違うのか? 友よ」
「まぁ、あたしも楽しみだけどねー。ただあたしはキミと違って長生きしてるからさー、時間の感覚が遅いってゆーかさー」
「む、妾(わらわ)も寂しくなどないぞ。少し、その……、あれじゃ! 寂しさに震える演技をしてみたかっただけじゃ!」
「はは、キミのそういうところはあたし、結構好きかな-。早く逢えるようにがんばらなきゃね!」
「無論じゃ!」
「……そしたら、ちゃんとコクんなよ。でなきゃ始まるものも始まらないよ?」
「ちゃ、ちゃうって! そんなんちゃうし! 告白とか、そういうんは、ちゃうねん……。あ、いや、違うのじゃ……」
「ふふ……。じゃあ、お姉さん相手に練習しよっか♪」
「……ええっ!? そんなんええって。うち、そういうの苦手やもん……」
「いいからいいから♪ はい、リピートアフタミー、ツバサくん、だ~いすき♪ はい!」
「……つ、つばさ……くん。その、えっと、だ、……だい……うぅ……言えへんよぅ……」
「きゃ~可愛い! 嫁にしたい!」
「やめ、やめい……。やめてたもれ……」
そんな自然な遣り取りの中、次元と次元が交錯し、二人の少女が世界に降り立った。
それはまだ、この物語の序章に過ぎない出来事なのであった。
to be continued...
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第十羽【逢魔ヶ時⑧】
目を覚ました俺は、暗闇の中にいた。
まだ夢の中なのか、と思ったのは一瞬。身体の感覚は、現実世界のそれだったのだ。
身体に掛かる重力は、疲れを訴えるようで、柔らかなベッドの感触は、癒しを与えるかのようだった。
全身が気怠くて、起きたくない。いつまでも寝ていたい。永眠したいマジで。
とはいえ、気になることは多いし、じっとしてるのも退屈だ。寝るのは心地良いが、いつまでも寝続けるのは苦痛だしな。そろそろ起きるとしよう。
上体を起こして周囲を見渡す。
全体的に暗くて、全容は掴めないが、消毒液の匂いもするし、きっと病院だろう。……こっちふうに言うなら治療院とでも言うのか? 気づけば俺の服も着替えさせられている。ゆったりとした寝間着だ。
ふと右手が何かにぶつかりそうになったので、慌てて視線を合わせると、そこには頭があった。誰のかというと、それはすぐに分かった。というか予想通りというか。
俺の可愛い従者はヨダレを垂らしながら無防備に寝ている。普段はしっかりしてるっぽいのに、ちょいちょい抜けてるんだよな、こういうところ……。
俺は布巾を見つけたので、菊花のヨダレを拭ってやる。
「……んぅ、ツバサ様ぁ、えっちぃですよぉ……」
生意気言うのはこの口か。俺は布巾を口の中に突っ込んでやる。ふぐふぐ言って少し苦しそうに呻く菊花。……あれ、この布巾ちゃんと清潔な布巾だよな? 床拭いたりしてないよな? ……気にしないでおこう。
そっと、布巾を元あった場所へ戻して、俺はそのまま右手を菊花の頭へと伸ばす。
髪の毛並みに沿うように、そっと頭を撫でると絹のような感触が返ってきた。手はすぐに温まってほぐされる。なんだかほっこりする。
それにしてもアレだな。撫でるという行為は少し不思議だな。相手を安心させるための行為だと思っていたが、安心させられているのはむしろ俺のほうかもしれない。大切な仲間がそこに居てくれること。それを深く実感するために、人は誰かを撫でるのかもしれない。そう考えると、スキンシップとしては最上級の行為のような気もする。……いや、だがしかし。……最上級といえば、やはりアレは外せないだろう。未成熟な男の求める至高のスキンシップといえば、まぁアレしか思い浮かばないだろう。サックス、それは楽器だ。シックス、それは数字だ。スックス、それは何やねん。ソックス、それは靴下。
……しかしまぁ、ここまで無防備な姿を見せられると、いっそ性欲なんて湧いてこないから不思議だ。そうか、そうして童貞はいつまでも以下略。
一度死んだからだろうか。あるいはもう一人の自分が覚醒したからだろうか。やらなければならないことが山積みだと、思い知らされてしまう。
熟練度稼ぎや、スキルビルディング、そういった修行が必要だ。俺自身の強化ももちろん必要だが、仲間たちの強化も優先順位はかなり高い。
装備やアイテムの開発も必要だろう。そう考えると、今までの俺はいかに適当に攻略を進めてきたかが、目に見えて分かってくる。
けど、状況も調べなきゃならないな。
周辺環境の調査も必須だ。地形や社会の知識だって攻略の足掛かりとしては重要といえる。今まではそれらを蔑ろにしすぎた。それは大いに反省点だな。
それらを調べるためにもベッドから這い出たいが、菊花を起こすのも忍びない。今だけ、もう少しだけ、こうしてもいいだろうか。もう少しだけ、その柔らかな体温を感じていてもいいだろうか。
頭を撫でるのも満喫して、そろそろ退屈だなーと思い始めた頃、菊花は目を覚ました。
「……ツバサ様っ!」
ぎゅっ! ……と、抱きついてくる。ちょっと予想はしていたんだが、それでも早鐘を打つ心臓はどうしようもない。私の童貞力は53万です。
「良かったです、……もう目を覚まさないんじゃないかって心配で……」
「心配し過ぎだっての」
「だって……ッ!」
菊花は目に涙を浮かべる。息が掛かりそうな距離でだ。だから、間近でそういう迂闊なアクションするなって! ……童貞は変身をするたびに性欲が遙かに増す……。その変身をあと二回も俺は残している。……その意味が分かるな?
「……私はもう、気づいてしまったんです。ツバサ様がいないと、私は何もできないんだって。……こんな無様な従者で申し訳ありません。……でもッ! こんな私でも傍に居させてもらえませんか!?」
……ふぅ、迂闊な冗談は考えられなくなっちまったな。そんな真剣に懇願されたんじゃ、しょうがないか。……なんて言ったところで、答えは決まっているけども。
「ふがいないのは、俺だって同じだ。だから、今までみたいに助けてくれ。俺だってお前が必要だよ、菊花」
「……ツバサ様ッ!」
ぎゅっ! あ、柔らかい感触が……。主張は弱いがそれでも確かにそこにある奇跡。ああ、愛は其処に在ったのだ。
「……ツバサ様」
あ、怒っていらっしゃる。けど、言い訳させていただくならそれは無防備なあなたにも責任が――
「……今日だけは許してあげます。生き返ってくれた、感謝の気持ちです」
お、おう……。
「……ツバサ様、あれから思い出せましたか? ……月詠ノ国のこと……」
「……はて。ツクヨミ……?」
ヤマネコ様に付いてきてたピエロのことか? それとも月代国に伝わる心具の名前だったっけ?
「……え、以前一度思い出してくれませんでした?」
「……え…………?」
…………、まさかとは思うが。
「代償って、こういうことか……?」
「……そんな……ッ!?」
というか、以前のツバサの話しぶりから少しは想定しておけよって話だけど……。
……そうか龍力の消費は、記憶の喪失を促すっていうことか。大きく消耗すれば記憶や人格すら失いかねない。以前のツバサと同様に。
とはいえ、全くの消失というわけではないかもしれない。あいつは期限付きとはいえ復活できたわけだし。
……だが。記憶を失くす可能性は、なくなったわけではない。
今後大きく力を使うことがあれば、消失のリスクは依然間違いなく存在することだろう。
今、こうしていることも、菊花のことも、アリシアのことも、ナズナのことも。忘れる可能性がある。
「ツバサ様……」
「……だいじょうぶだよ、そんな顔するな。俺が思い出せなくっても、お前が覚えていてくれるだろ」
「そんなの、当たり前じゃないですかっ」
俺は菊花を宥めるように、ぽんと頭を撫でてやる。
それで溜飲は下がったのか、菊花は食い下がった。
「……けど、思い出は共有したいんです。だから、……無理しないでくださいね。……ツバサさん」
そんなふうに、菊花は最後だけ呼び方を変えながら言った。ホントに、俺にはもったいないような女の子だよ、マジで。
――
起きてからしたのは旅の準備だった。アイテムボックスを精査し、要らないものは売り払い、金銭に換える。合成用に素材を確保しておきたいのもあったが、ナズナに訊いて必要なさそうなものは全部処分した。これからボックス内の整理を行ううえで要るか要らないか分からない物を置いておくのも無意味だからな。ちょっと思い切って処分した。
それから衣料品や食料を確保しておきたかったんだが、さすがに戦闘直後ともなるとどこでも必要とされるらしく、戦闘直後の砦ごときでは手に入れることは叶わなかった。仕方なく調理用具を調達してアリシアのボックスに入れてもらった。調理班はキミに決めた!
お金の管理は、菊花に任せる。しっかりしてそう、……というよりは、単純に役割が余っただけなんだが、わざわざそれを言って不興を買うのもバカらしいので、菊花を信用しているからだ、と答えると、菊花は実に嬉しそうに引き受けてくれた。……心が痛む。
……とにかく、そんなふうにして旅立ちの準備は整っていった。
夕飯は食卓を囲んで美味しくいただき、後片付けを手伝わせてもらうと、アリシアは恐る恐る……といった感じで訊いてきた。
「……その、なんだ。……勇者たちはもう先へ進んだそうだ。我々も次の行動を決めねばならんな」
「……なんだ? 何か案でもあるのか、聞くだけ聞くぞ?」
アリシアは少し気後れしながら呻いた。
「……まるで言うだけ無駄みたいではないか……」
「はっはっは……、無駄無駄無駄ァッ!!」
元ネタを知らないアリシアは若干ポカンとしていたが、そこから口にした案は、なかなか悪くないものだった。
「なぁ、王都へ戻らないか」
「……理由を訊いても?」
「……うむ。今回の戦いで、私は自分の実力を思い知ったのだ。私はまだまだ弱い。もっと強くならねば、守るべき者も守れまい。王都の図書館でより強くなるための手掛かりを得られないだろうか、……と」
概ね俺が考えていたことと一致する。情報収集のために一度本を読み漁っておきたいところだ。実地で得られるものも少なくはないが、先人の知恵をもっとも効率よく吸収する術は、やっぱり読書だろう。
それに俺に足りないこの世界の知識を知るのにも役立つし、優先順位は高い。
「装備品や素材も集まるだろうし、それについては俺も賛成だ。けど、そう易々と辿り着けるとは思わないことだな……」
「……? ど、どういう意味だ?」
俺は薄ら寒くなるような怪しい笑みを浮かべたまま、敢えて黙る。
案の定、アリシアは居心地が悪くなったのか顔を背けてしまう。
「さ、さて! 後片付けも終わったことだし、日課の素振りを行わなくては! それではな!」
なんて言いながら、アリシアはそそくさと部屋を出ていった。俺はそのままその背中を見送る。
夜も更け眠くなる時間だが、その前に戦場で汚れまくった身体を洗浄しようと(もちろんダジャレだ)していると、浴室には先客がいた。
衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になったナズナだった。
無防備なやっちゃな。耳とか尻尾とか見られたらどうするつもりだったんだよ。
「……バサ兄。お風呂、です?」
「ああ、そうだな。洗うの、手伝ってやろうか」
「やって欲しい、です」
さすがに下心はない。9歳の女の子に欲情とかはしないさ。浴場ではあるけれど(くどいようだが、ダジャレだ)。
この世界にある浴場は湯船とかはなくて、洗い場みたいなエリアだけで構築されている。お湯はでっかい樽みたいなところから供給されるが、最初はただの水なので魔力を注ぐ必要がある。
金を払って魔術師にやってもらうか、自分で魔力を供給するしかないわけだ。
樽から桶に水が注がれ、そこに魔力をぶち込んでお湯にするわけだが、今の今まで俺にはさっぱりできなかったはずの湯沸かし器が今回はきちんと動作している。……これもツバサが覚醒した影響かな。過去の世界の魔法を使った記憶が作用している可能性が高い。
まぁ、事情はともあれ、使えるのならありがたく使わせてもらおう。どっちみちお湯を自炊できたとしてもお金は払わなきゃいけないんだけどな。まぁ、魔術師を雇うよりは安いからいいか。
ざぶざぶーと、ナズナの汚れを流してやると、ナズナはぶるぶるっ! と、イヌみたいに水を飛ばす。俺もびしょびしょになっちまったが、可愛いから許す。
「……くふ、なんだかくすぐったい、です」
「何言ってんだ。くすぐったいのはこれからだぞー。ぐふふふふ……」
「ふぇ、きゃははっ、りゃ、りゃめ、れすぅっ!」
全身泡まみれになりながら、俺たちは遊んだ。いや、洗ったってばよ。マジで。
そうして夜が更けていき、俺は自室となっていた宿へ戻ると、いきなり菊花に後ろから抱きつかれた。
「……今夜は、寝かせませんから」
喜んでッ!
はッ!? ……じゃなかった。菊花さん何言ってんの?
…………っていうか、菊花さん? あなた、ひょっとして、まさかとは思いますが……。
……酒臭えぞオイ。
……そして、僅か五分後の話。
俺はベッドに腰掛けたまま、菊花に詰められていた。激詰めと言って良い。
「だいたい~、ツバサ様はえっち過ぎるんですよぉ~。聞いてますかぁ~?」
「はいはい、聞いてますよ」
「返事が雑です。バカにしてるんですか?」
「……すいません」
さっきからずっとこの調子だ。っていうか、なんで酒呑んでるの、菊花たん。
「……あの、つかぬ事をお聞きしますが、菊花さん、なんでお酒呑んでるの?」
「それはぁ~、私のご主人様がふがいないからに決まってるじゃないですかぁ~」
「そうですね、すみません。全部俺の所為でしたね。申し訳ありませんでした」
低頭平身、尽くさせていただきます。さぁさ、お踏みくださいませ。どうぞよしなに。
「なんで若干鼻息が荒いんですかぁ~?」
しまった、つい興奮して……。
「ホント、どうしようもない人ですねぇ~。どうして私はこんな人を……、ヒック……」
……それにしてもメンドクサイ酔い方してるな……。今後菊花には酒は呑ませない方が良さそうだぞ。
「ねぇ~、ツバサ様? 聞いてるんですかぁ?」
「ああ、聞いてるって」
「だから返事が雑ですって。舐めてるんですか」
ちくしょう……。どうすりゃいいってんだ。
「……ホントにもう、ツバサ様は私がいないと、何もできないんですからぁ~。なんなら私がずっと面倒みてあげますよ?」
「喜んでッ!」
……しまった。デカイ釣り針に飛びつきすぎた……。
「……ホントにツバサ様は女の子の気持ちに鈍感で、鈍々(にぶにぶ)で愚鈍なんですからぁ~。でも、言うこと聞いてくれたら、許してあげます。感謝してくださいね」
「分かった。なんでもするから、だから許して!」
というかもう早くこの場を去りたい。助けて、えーりん!
すると、しゅるっ……。そんな衣擦れの音を立てながら、菊花が艶めかしく俺の隣に腰掛ける。
やっぱ酒臭え! ていうか顔近い! あと、表情がなんかエロイ!
「誓ってください。私が泣きそうなときはずっと傍に居てください。ツバサ様が泣きそうなときは私に傍に居させてください。嬉しいときは一緒に笑いましょう。私を世界一幸せな女の子にしてください。……良いですね?」
「……当たり前だ!」
俺は即答する。あんまりとんでもないことじゃなさそうだし、無問題(もうまんたい)。なんならナミに助けてと言われて即答するルフィ並みに堂々と答えてやった。
「……じゃあ、誓いのキスをしましょう」
「そうですね」
……あれ? なんかおかしくない? と思ったのは全てが手遅れになった後のことだった。
ちゅ……。
微かにそんな音がして、唇と唇が離れた。それは僅か一瞬のことだった。
眼前には顔を赤らめた菊花がいて、目を合わせようとはしてくれない。
ひょっとして、まさかとは思うのだが、いやしかし、そんな馬鹿な……。
「……お酒で誤魔化せるかと思ったんですけど、やっぱり恥ずかしいですね……」
なんて、いじらしい態度で答えるものだから、俺はもう……。
「菊花。誓いと言うならば、やっぱりもっとしっかり誓い合ったほうがいいよな」
「……え? ……そ、そうですね……っ!」
では……。
ちょっと強引だったが、構うものか。この状況で止まれるようなら童貞を恥じたりはしないんだよ。いいか、俺は女の子が大好きなんだよ!
「ん……、んちゅ……ふぁ……んぅ……」
吐息がエロイ。耳に入る情報全てがエロイ。
感触は柔らかい。人の唇ってやつはこんなにも柔らかいもんなのか。
味はイチゴ味とかレモン味とか、そんなふざけた話も聞いたことあったが、当たり前だが無味無臭だ。自分のヨダレと大差ない。
ただ、そこには温もりがある。自分の奇行すら受け入れてくれる優しい従者がいる。可愛い女の子がいる。
それがたまらなく心地良い。やってることは相当に気持ち悪い行為なんじゃなかろうかと思うが、それに一生懸命答えてくれる人がいる。そんないっそファンタジーみたいな現象が、今この瞬間ここで巻き起こされている。
すごい。ものすごくすごい。
バカみたいな感想だが、それしか思いつかない。それにすごく幸せで満ち足りた気分だ。……いや、それは少し違うかも……?
だって、俺は愚かにも、その先を欲しくなってしまっている。
息苦しさもあって呼吸も荒くなってるし、身体が火照ってきてしまっている。それは菊花も同じだろう。
魔性。言うなればそれがそこにいた。
逢魔が時に始まった戦いで魔族に出遭い、そして俺は本当の魔性に出遭った。
菊花という女の子が放つ色気こそが、本当の魔なのではなかろうか。
ところで、……ベロって入れてみてもいいんだろうか。……なんて思った矢先。
突然菊花の顔色が青白い。……あれ? さっきまで顔を赤らめていなかったっけ? あれー?
そして、俺は苛烈に責めに回ったことを深く後悔することになる。
「うぶ、うげえ……ケホっ……」
「ひ、ぎぃ……きゃあああああああああああああ!!!」
酔いが回りきった菊花はあろうこと胃の中から全部リバースしてしまった。しかも俺の顔目掛けて全部。
ゲロまみれになった俺の悲鳴が、宿に悲しく響き渡った。
「どうしたのだ、ツバサ殿っ!? って、キッカ殿、ツバサ殿に覆い被さって何を……っ!? 勇気を出すと言うから酒を勧めたのは確かに私だが、その、よ、よよ夜這いのような真似事は慎むべきだと思うのだぞ!」
「おい、そこのバカ騎士。お前が黒幕なのは分かったからとっととこのゲロを片付けるのを手伝ってくれ」
「ゲロ……? って、どうしたのだキッカ殿ォー!」
「アリ姉、さっきから何して……、ゲ、……ゲロロォー」
「おいナズナ、貰いゲロしてんじゃねえ! 下に行って水を貰ってこい!」
「うう……なんだか私まで、気持ちが悪くなって……ウゲェェェエエエ……」
「てめえら、いい加減にしろォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
――
そんなツバサたちがゲロと格闘している最中、ほぼ同時刻――。
二人の少女がそこにいた。
「ようやく補足したし……」
「……幾星霜の夜を越えて、ようやく其方に逢えるのじゃな。……我が片翼(かたよく)よ」
「ふふ、愛しのダーリンに逢えるのがそんなに嬉しいの?」
「当然じゃろう、其方は違うのか? 友よ」
「まぁ、あたしも楽しみだけどねー。ただあたしはキミと違って長生きしてるからさー、時間の感覚が遅いってゆーかさー」
「む、妾(わらわ)も寂しくなどないぞ。少し、その……、あれじゃ! 寂しさに震える演技をしてみたかっただけじゃ!」
「はは、キミのそういうところはあたし、結構好きかな-。早く逢えるようにがんばらなきゃね!」
「無論じゃ!」
「……そしたら、ちゃんとコクんなよ。でなきゃ始まるものも始まらないよ?」
「ちゃ、ちゃうって! そんなんちゃうし! 告白とか、そういうんは、ちゃうねん……。あ、いや、違うのじゃ……」
「ふふ……。じゃあ、お姉さん相手に練習しよっか♪」
「……ええっ!? そんなんええって。うち、そういうの苦手やもん……」
「いいからいいから♪ はい、リピートアフタミー、ツバサくん、だ~いすき♪ はい!」
「……つ、つばさ……くん。その、えっと、だ、……だい……うぅ……言えへんよぅ……」
「きゃ~可愛い! 嫁にしたい!」
「やめ、やめい……。やめてたもれ……」
そんな自然な遣り取りの中、次元と次元が交錯し、二人の少女が世界に降り立った。
それはまだ、この物語の序章に過ぎない出来事なのであった。