第十一羽【攻略軌道②】

 俺の正面にはアリシアが待ち構えている。
 アリシアの装備は騎士鎧に大槍。わりと全力スタイルだ。ここ数日でアリシアには、俺に対する手加減をやめさせることに成功している。
 当然、槍の一撃は相当にヤバイ。まさしく一撃必殺であり、まともに受ければ致命傷は必至。いかに避けるか、いかに受けるかが重要だ。
 ……と、考えるならそいつは正直言って二流もいいとこだろう。そんなものは甘っちょろい戯れ言でござるよ。けれども拙者はそんな戯れ言のほうが好きでござるよ。
 けどまぁ、全力で戦うってことは勝つことに全力を出すことだ。スマートに勝とうだとか、戦闘とはこうあるべきだみたいな固定観念は捨て去るべきだ。
 勝たなきゃ、どうなる? ここはゲームそっくりの世界ではあるが、ゲーム世界に飛び込んだわけではない。ゲームのようであってもここは現実なんだ。
 敗北は即ち、死を意味する。タンマもなければ、ルールもない。生きるか死ぬかのやりとりなのだ。全力を出すとは生きることを諦めないということ。全力で生き抜こうと努めること。
 その覚悟さえ決まってれば、勝つだけならどうとでもできる。
 俺は、アリシアよりもステータスは低いけれども、それでも俺はアリシアに勝てる。そう、断言することができる。
 何故って? それは、勝つためなら、何だってやれるからさ!

「行くぞッッ!」

 アリシアは、そんなふうに裂帛の気合いを放ってきた。そこから……ドォウッ!! 全力での突きを繰り出してくる。
 槍は突き刺す武器だ。長い柄も長い刃も、突き刺すために特化した結果のフォルム。素人でも突きつけるだけで簡単に攻撃を繰り出せるため普及した装備ではあるものの、熟練者が使うとその本当の恐ろしさを垣間見ることになる。
 まず感じるのは、刺突の速さだ。人間の目はまっすぐに突っ込んでくるものの速度を正確に認識することができない。人間の目は正面に二つしかないからだ。奥行きを正確に把握できるようには元々作られていない。
 それゆえに速さを余計に感じる羽目になる。人間の身体は刺突に対し、正確に反応できないように作られているのだ。
 咄嗟に動き出せない身体。だが、身体など動かす必要などない。……だってそうだろ?

 俺には、魔法が使えるんだから。

 ゴォウッ! 暴風が唸る。風に煽られ刺突の勢いは殺される。それでも人間が追うにはまだ際どいぐらいの速度だ。だからそこで、俺は揺さぶりを掛ける。
 騎士鎧とはいえ、下半身はスカートなんだよな。風で煽られて良い景色だ。

「……今日も白か、良いセンスだ」

 意味を理解し、カッと染まり上がるアリシアの勢いは、だいぶヘタっていた。ここまでやれば、俺にだって受け止められる。

 ガツンッッッ!!! ……それでも、やっぱり痛ってぇな。剣で受け止めたのに押さえた腕ごとへし折られるかと思ったぞ。
 でも、その程度にまで削れているのなら、上等だろうか。それに……。
 長重武器を扱う相手の懐に潜り込めたのは大きい。この手の武器は近づくまでが命がけだからな。

 危機を察したアリシアが距離を取ろうとバックステップするが、俺も同時に前へジャンプして距離を稼がせない。だから、甘いっての!
 大槍を押さえ込むようにして俺は身を乗り出す。どんなに重量のある武器だって、持ち上げられなきゃ何の意味もないだろ?
 俺は左手で、アリシアの槍を持つ手を押さえ込む。そして、余った右腕で俺は攻撃に転じる。狙うは、……顔ッ!
 顔面への攻撃は、急所のひとつだ。目や鼻など、神経が集中する場所が多いため、人間は顔を狙われると身体が一瞬麻痺したみたいに動けなくなる。アリシアの動きが一瞬、止まる。
 そこで、俺はすかさず寸止め。足を引っかけてすっ転ばせる。……はずが、あれ……?
 転ばせられない……。アリシアの口元が緩んでやがるッ……。読まれていた、だと……ッ!?
 俺が本当は女の子の顔面を攻撃できないフェミニストだってことはバレバレだったらしい。それでも、そこで固まらずに冷静に対処するとは……、少しは腕を上げているらしいな。
 そこで、アリシアが攻め始めた。動いたのは大槍。直接持ち上げるわけではなく、回転させるようにして、柄をこちら側へ捻り込もうとしているッ!
 ……そうだな。槍の武器は何も刃先だけじゃない。柄だって立派な武器の一部だ。鳩尾を狙うだけで充分に決定打になりうる。
 俺は避けるために距離を取ろうとするが、今度はアリシアがジャンプして追いついてくる。……距離が離せない……ッ!
 作戦変更もやむなしと判断した俺は、腕を伸ばして大砲をイメージする。カービィだって聖剣の伝説だって、大砲で飛ぶだろう?
 だから、

「吹っ飛べッ!! 〈風導砲〉(ゲイル・キャノン)!!」

 生存が危ぶまれるくらいの勢いでぶっ飛ぶアリシア。俺はどこか脳天気な気持ちでぼうっと眺めていたのだが、やはりアリシアは只者ではなかった。
 きりもみ回転から遠心力を活用したのか、大槍を地面に突き刺し風ごと空を斬った。
 ビュゥゥゥゥ……と、気味の悪い風切り音を残して、アリシアは再び大地に立つ。
 その顔は羅刹のように覇気がある。たぶん覇王色とかそっち系のアレだ。
 強敵に相見えたことに歓喜する戦士のような、迫力のある笑み。
 対する俺は、顔を思わず背けてしまう。たぶん俺は今、顔が赤くなっている。鼻血とか出てないよな? あれ……?

「……どうした? まだ勝負はこれからだろう……?」
「そ、そんな恰好で勝負とか言われると、俺はそういう方面に誤解しちゃうけど、いいの……?」
「そういう方面、だと……? 一体、……どう……いう……。…………ッッッ!!??」

 説明しよう。俺の風魔法で煽られた状態で、その回転をいなそうと強引に力技で着地したアリシアだったが、彼女自身は無事でも、衣服のほうはダメだったのだ。
 つまり。すっぽんぽんだったのだ。

 眼福です。ありがとうございます!

「イヤァァアアアアア!!! 見るな! 見ちゃダメェェェエエエエエ!!!」

 見ちゃダメというからには、目は開けない。俺は紳士だからな。ただ、その代わりに二度と忘れたりしないよう、俺は網膜に焼き付いた光景を心に刻みつけていた。
 なるほど。ダイナマイトか。上手いことを言う。……一度でも目にしたら納得せざるを得ないな。こいつぁ、まさしく爆弾だぜ……。
 俺は溢れる鼻血を押さえきることができず、そのまま地に伏せることになった。



to be continued...