第十二羽【錬金講座②】

「今回作ってもらうのはネックレスよ~」

「まずメインになるのがトップ選び、主役の選択ね~。どんな飾りにするかしっかり吟味してから作成に入るのよぉ~」

「その次にチェイン、いわゆる鎖を選んでね~。主役を引き立てるためには下地だってしっかり選ばなきゃノンノン♪」

「そうしたら最後はプレゼントね! 相手に喜んでもらえるものをキチンと選べるかしらぁ~?」

 ……そんなこんなで眼前にばらまかれた装飾品の部品たち。少女たちは目を輝かせて手に取り、眺め始める。
 あんまり女子女子した雰囲気のない仲間たちだったが、こういうところはしっかりと乙女である。俺はそのヲトメチックな空間には入れず、少し外れたところからぼんやりと眺めていた。

 そんなふうに少女たちの語らいを脇に、のんびりと窓の外へ視線を巡らせる。
 そうしていると、脳裏を支配するのは、強烈な敗北感。
 俺はシャルロッテに勝利したものの、それは翼白というチートに頼った結果でしかない。
 翼白はチートスキル。代償として俺の心や記憶を奪って相手の魔力を吸収する。
 使う際に俺は俺の意識を失い、もう一人のツバサへと人格を譲り渡すことになる。
 人格が異なろうと、俺は俺。別に死ぬわけじゃないんだが、違和感ばかりは拭いきれるようなものでもない。
 自分が一時的とはいえ、他人になったかのような感覚になるんだ。自分が自分でなくなるようなつかみ所のない恐怖。これはなかなかに堪えるものだ。
 我思うゆえに我あり、なんて言うが、その『我』の消失は、ある種死と同義なんじゃなかろうか。
 だから俺は翼白を使いたくない。使うべきではないんだと思う。この能力は、俺に根源的な恐怖を与えるものだ。だがしかし……。
 同時に思うこともある。
 本当にそれで勝てるのか?
 この能力は使わない。こういう手段は使わない。果たして、そんな選り好みが許される状況か?
 本当にそれで勝てると、そう思っているのか?
 ……俺はその問いに未だに答えることができないでいる。

 ……なんて思っていると、少しずつ製作は進んできていた。
 各々のテーブルを見てみると、菊花は羽根をモチーフにした飾りを作っているようだ。銀板を削る作業は非常に細々としているが、菊花はその繊細な指捌きで見事に作業を進めている。
 アリシアは、……花だろうか。ちょっと女性的すぎる気もするが、それでもまぁユニセックスとも言えなくもない造形ではある。相変わらずの乙女度である。
 そして、ナズナとは言えば……、これは……。……お肉だろうか。骨付き肉っぽい造形がその小さな手に握られている。ナズナの眼はこれでもかというほどに爛々と輝いており、如何に彼女が食欲旺盛なのかが押して知れようというものだ。

「バサ兄! 他に好きな食べ物ある、……です?」

 肉が好きなのは前提として決定事項らしいな。まぁ否定はしないけどさ。

「……そうだな。あとは鶏肉、かなぁ……」
「じゃあ、あの喋る鳥のやつも作る、です!」
「……お、おう。頼んだ……」

 喋る鳥ってのは、……ひょっとして賢者のことか? 俺はナップサックに突っ込んだまま放置していた巾着袋を取り出した。ちなみにナップサックには他にもまるうさぎという生き物が入っている。名前はシロだが、まぁそれはどうでもいいか。
 俺が巾着袋を指からぶら下げていると、ボフンと音を立てて鳥が現れる。黄金色のニワトリだ。

「……なんだか不穏な空気を感じたけど、僕のことじゃないよね……?」
「……さぁな。本人に訊いてみれば良い」
「い、いや、やめとくよ。子供の純粋さは時に凶器だからね」

 ……確かにな。ナズナは純粋な子供だ。悪でも正義でもない。欲望に忠実な子供なのだ。それはああいう制作物にも現れる。
 そしてそれは、プラスにも働くし、マイナスにだって働くこともある。今回は、どうかな。

 どうでもいいことだが、この賢者は実物ではない。あくまで仮の姿を取っているだけでしかない。本体は今もまだ隠れ里の小屋でゴロゴロと自堕落に暮らしていることだろう。
 賢者というのは過去の英知を受け継ぐ高尚な一族のはずなんだが、話せば話すほど胡散臭くなる。こいつにそんな有能な一面があるのだろうか、と。
 しかし、こいつもなんだかんだでやるときはやるやつだ。とはいえ、そのやるときが全く来ないってのが一番の問題なんだがな。ったく……。

「……ところで。ツバサ君」
「ん? なんだよ唐突に。気安く話し掛けんな」
「あのねえ……、キミはどれだけ僕のことを嫌ってるんだい?」

 賢者はそんなことを言う。何を今更。

「……忘れたとは言わせねえぞ。お前は菊花に大分キツイことを言ったはずだ」
「ああ、なんだ。そんなこと」

 そんなこと、だと……ッ?

「あは、やだなぁ。そんなに怖い顔しないでよ。僕は嘘なんて吐いていないじゃないか。……それに」

 鳥が、いや賢者が、神妙な声色になった。

「……彼女は前に進んだ。それはキミにとって必ずしも悪いことではないはずだ。あのまま伏せっていたら、あの子は二度と立ち上がらなかったと思うよ?」
「……いいや。それでもあいつは前に進んださ。菊花はそこまで弱い女の子じゃない」
「ふーん……。まぁそれは今となっては分からないことだけどね」

 分かってるよ。賢者が菊花の弱みを指摘したからこそ、傷つきこそすれ、菊花は再び立ち上がることができた。それは確かにありがたいことなんだが……。
 それでも、素直にありがとうなんて言えるわけがない。……こいつは菊花を泣かせたんだから。

「……で、話の続きだけど、ツバサ君」
「なんだよ、鳥」
「うぅ、まぁいいやそれで。……ツバサ君、随分と無駄な努力をしているみたいだね」
「なんだよ、細工にまで文句を付けるつもりか?」

 あはは、と賢者は笑う。

「違うよ。そのことじゃなくてね。合成魔術のことさ」
「……そうか、そいつも見られてたのか」
「そりゃあそうさ。……ふふふ」

 なんだか嫌な笑い方しやがるな……。

「多属性魔術。あれは不可能魔術とも言われている」
「……どういうことだ?」
「やってみて分かっただろう? 魔力は属性それぞれに意思がある。それらが反発して威力を殺してしまうんだよ。属性の意思、これを無視して魔術を顕在化させることはできないし、それらを蔑ろにして発現する魔術は存在しない」
「……けど、あの魔族三人衆はやってたじゃねえか」
「あれは二人でやってるからね。けど、それだって奇跡のような確率で起こっているんだよ。本来なら起こりえない奇跡なんだ」

 鳥がコホンと咳払いするのは、なかなかにシュールな光景だった。

「魔術には意思がある。キミが風の意思を理解したからこそ魔術を使えるようになったのと同じようにね。けど、日常に使う魔術程度なら、その意思はそこまで重要視されない。攻撃魔術くらいの威力が必要な場合のみ、意思の理解が重要になる」
「属性の意思……」
「そう。けれど、人の心は生憎と一つしかない。属性と共通する意思を持てるのはどう足掻いても一種のみ。つまり複数属性の魔術を同時に行使することは不可能なんだ。それは魔術のマルチタスク化の研究から露呈した事実だよ」
「つまり複数人で行うしかない……」
「そうなんだけどね。それも、ほぼ不可能だよ。何故なら、魔術と魔術は相殺する存在だからさ。強い方が弱い方を打ち消してしまう。魔力は非常に移ろいやすいエネルギー体だと言われている。だからこそ、日常的に使えて多くの人が行使できる便利な道具として栄えることになったわけだけどね」

 生じやすく、掻き消えやすい。だからこそ誰もが使える技術。それが魔術……。

「完全に同量の魔力で魔術を構成するなんて器用な芸当は僕の知る限り、あの魔族の二人と、あとは文献の中で見たくらいかなぁ。それはもう、歴史に名を残せるくらいの快挙なんだよ」
「……まるで、英雄だな」
「魔族からすればそうかもね。……けど実際はそうでもないのかな。国境で監視なんてしてたくらいだし」
「まだ子供だからなんだろうな……」

 あの二人も脅威だったが、もう一人の雷使いも凄まじかった。ナズナ以上の雷魔術の使い手で、しかもキレると更に魔力が膨れ上がっていた。まだ十代中盤だろうに、末恐ろしい話だよな。
 とはいえ。賢者が言うには属性複合魔術は個人では不可能らしい。人の心が一つである限り、解消できない問題だ、と。
 マルチタスク化。いわゆる並列処理の限界。それは同属性に限られるということ。どんな天才でも、攻撃魔術の並列処理は不可能だったということ。
 それが事実らしい。……まぁ、そういうことなら、仕方ないかもな。人間には不可能。そういうことだ。
 なんて、話をしていると……。

「できた、ですッ!」
「できましたっ!」
「で、できたぞ!」

 ほぼ同時にそんな声が上がる。
 さて、それではお手並み拝見といきましょうかね。俺は重い腰を持ち上げてテーブルへと向かった。
 賢者から呆れたような溜息が聞こえたような気がするが、それは割とどうでもいいことだ。
 俺は考え始めていた雑事を放り出し、大切な仲間へと向かい合う。自然と零れる笑みは、悪いもんじゃない。



to be continued...