第十二羽【錬金講座③】

 さて、そんなこんなで嬉し恥ずかし製作発表会が執り行われた。
 まず最初のプレゼンターはナズナだ。ナズナは俺の目の前に立つと、抑えきれないというふうに「むふふー」と笑みをこぼした。やけに得意げだな……。

「じゃーん!! です!」

 そんな効果音を発音しながら、ナズナは堂々と制作物を俺に見せつけてくる。
 俺はというと、効果音にまで「です」をつけるなんて律儀だなという感想が最初に思い浮かんだわけだが、まぁそれは脇にでも置いておこうか。
 ナズナの差し出すネックレスを手に取ると、ぶらーんと目前に骨付き肉がぶら下がっていた。……これ、ネックレスだよな……?
 そしてその隣には、ニワトリ。クチバシを開いた、間抜け面の鳥類が骨付き肉と並んでチリンチリンと音を立てている。……なんていうかシュールだ。
 まるでビフォー&アフターを見ているような気持ちになる。骨付き肉は本来もっと大型の獣の肉のはずだが、隣に並ぶだけで未来を暗喩しているかのような気がしてくる。かの賢者殿が見たらきっと苦言を呈するだろう光景だ。
 ナズナはというと、褒めて褒めてと言わんばかりに「にしし」と八重歯を覗かせている。……くそ、どんなリアクションすればいいんだこれ……ッ!?
 ばっさばっさと尻尾を振って、撫でて欲しそうに頭を差し出すナズナは何処か滑稽ですらあるが、この期待を裏切るような真似は俺にはできないッ!! できるわけないだろ!!
 俺は若干渇いた笑いを浮かべてナズナの頭をポンと撫でてあげた。すると、ナズナはこれでもかというほどに破顔する。仲間たちの白々しい顔とのギャップが激しい。……なんかあれだな、親バカ親父ってのはこういう気持ちなのかもしれないな。今なら痛いほどに理解できる。ナズナが「好きな人ができたの、です」とか言っても俺は絶対に拒絶する自信があるくらいだ。

「お、美味しそうなお肉だな、ナズナは上手だな」
「にひひ、ありがと、です!」

 クッ……、どうする。これを優勝にするか……? いや、さすがにそしたら身につけなきゃいけなくなりそうだし、それはちょっとなぁ……。
 ん? っていうかこれ……。
 俺はふと思ってそのチェーンを広げてみたが、……やはりこれは……。

 ちっさ! どう考えても首に入らんぞこれ!? 窒息すること受け合いじゃん! 俺、死ぬじゃん!

 俺の思うところを察したらしい錬金術師のメルビィが残念そうな声を作って告げる。

「ナズナちゃん、これじゃあ首には入らないわ。ブレスレットってことでもいいのかしら……?」

 すると、ナズナはガァーン!! とこれまた擬態語が聞こえてくるくらいのガッカリ顔になった。目尻に涙まで浮かべている。百面相だな。可愛らしくていいことだ。……にしても最近表情が豊かになったなぁ。
 しかし、ナズナは肩を落とした体勢から5秒で復帰した。なんだかんだでタフな子供なのだ。

「きっとバサ兄なら手首でも似合う、です! 問題ない、です!」

 そして、期待に満ちた顔で俺を見つめてくる。どうしたのパッケージばかり見つめてる。バッサバッサにしてやんよ。世界中の誰々より……って、現実逃避には無理があるか。
 えぇー、これって身につけなきゃいけないものなの? 何が悲しくて肉型のブレスレットを手首に巻かなきゃいけないんだよ。そんなのは麦わらの海賊にでも渡しておけよ。
 ……なんて、思考を繰り広げていたら、ナズナの表情が曇り始めた。しゅんと尻尾が垂れて、耳まで下を向いている。いかん! 今すぐ巻かないと!!
 こうやって手首にくっつけて……。ガバッ! 受けてみよ正義の力! 正義装甲ジャスティスブレスレット!! 装☆着っ!!!

「どうだナズナ、似合うか!」
「サイコー、です!!」

 はは、笑え。いいから笑えよ、ホラ。

――

 そしてお次は、菊花の作品だ。
 羽根をモチーフにしたネックレスか。羽根の作り込みが非常に丁寧で美しい。金属製であることを疑うくらいの出来だ。

「いかが、でしょうか……?」

 何をそんな不安がる必要があるんだ? 間違いなく優勝なんだが……。

「私……、ツバサ様の好きなものとか、そう言えば全然知らなくて……」
「……肉、です?」
「ふむ、料理か……。あまり選り好みをするような印象はなかったが……」

 お前ら、食い物から離れろ。なんでアクセサリー作りで好物の話になるんだよ。

「……そうですか。うぅ、羽根は食べ物ですらないですもんね……」

 それでいいんだよ! 大正解だよ! お前がジャスティスだよ!

「む……、私は花をモチーフにしてしまった……。クッ、これではダメだ!」

 アリシアのネックレスは花か……。乙女チックで男としては身につけることを躊躇われる気もするが、金属製だしギリギリいけないこともない。ぶっちゃけナズナよりはマシだ。肉よりは花のほうが全然良い。

「花ならまだ食用とされるものだってありますし、全然普通ですよっ! だけど羽根なんて、どう足掻いたって食べられませんし……」

 だからなんで食べ物が前提になってきてんの!? どういうことなの!?

「むふっ、優勝はナズナに決まった、です」

 悪いな、ナズナ。それだけは絶対にない。
 
「さ、さて……。それじゃあ、ジャッジをしてもらいましょうかね、いいかしらぁ、ツバサくぅん?」

 甘えた声を出すな、気持ち悪い。
 しかしメルビィの一言で視線が俺へと集まってしまう。
 どうする……? どうするよ俺……?
 美少女たちの熱い視線が俺へと集中している。たぶん今後二度と訪れないであろう事態ではある。……というか二度と訪れて欲しくないシチュエーションでもあるわけだが……。
 しかし、考えてもみればだが……。
 こうして美少女たちと冒険に向かうということは、こういうふうに順位付けをしなきゃいけないタイミングは、きっと何度も訪れるものなのだろう。
 きっと俺はその度に悩むだろうし迷うことだろう。
 つまりこれは、俺が選んだハーレムエンドという結末の縮図でもあるというわけだ。
 甲乙付けて、誰かが笑い、誰かが悲しむ。それを繰り返す未来。そんな当たり前でありふれた不愉快な日常。……俺はいつのまにそんなものを選び取っちまったんだ……?
 俺は皆が好きだし、皆に喜んでもらいたかった。皆が笑顔でいて欲しかった。そうして選んだ選択の果てが、これか?
 俺が望んだ未来は、こんなくだらないものだったのか……?

 どうする? どうすればいい……?
 どうすれば皆が笑っていられる? どうすれば皆が幸せになれる?
 俺は、どうしたらいいんだ……?

 思考回路の停止した俺は、手にひんやりとした感触にふと目を上げた。

「……そんなに困った顔をしないでください、ツバサ様。私たちはツバサ様に喜んでもらいたくて作ったんですから」

 菊花の言葉に、アリシアが、ナズナがうんうんと頷く。
 メルビィまで笑ってやがる。うぜえ。

「こんなに想ってもらえるなんて、彼女たちは幸せね。ツバサ君、気負わなくて良いの。あなたの思ったままを口にして良いのよ。彼女たちはそれだけで充分なのよ」

 俺の目の前で、菊花は大仰に頷いていた。それが肯定するためか、俺を安心させるためか、自分に言い聞かせるためなのかは分からない。
 けれど、それが彼女らの総意であるらしかった。……なんだか、毎度毎度バカみたいだな、俺。けど、そんなもんか。
 いいぜ、だったらいっそ、俺の本心をぶちまけてやろうか。ドン引きするくらいバカ正直に打ち明けてやろうか。そっちがそれをお望みなら思う存分付き合ってやろうじゃねえか。
 ……覚悟しろよ、俺をその気にさせたことを!!
 そして俺は、唇を開いた。

「ナズナ、お前のそのセンスには脱帽だ! アクセサリーに食い物とか普通選ばねえよ! 斬新すぎるだろうが! けど、気持ちはすっごい嬉しいよ! ナズナが俺のために一生懸命考えてくれたのがすごい分かったよ! マジありがとう!! アリシア、男へのプレゼントがお花のネックレスってどういう感覚だよ! 可愛らしすぎて俺には似合わねえよ! けど、細かい飾り部分まで相当に細かく作り込んであってすごいよ! お前どれだけ頑張ったんだよ! お前のその頑張りに俺はいつだって助けられてるよ、マジありがとう! 菊花! 俺の名前に合わせて羽根飾り作ってくれて嬉しいよ! プロ顔負けの細かい作業を良くやってのけたよ! 技量はお前が一番上だよ! みんな本当にありがとう! 甲乙なんてつけられねえよ! 俺は全部好きだ! 全部身につけていたいよ! 何度でも言うよ! 俺はみんなが大好きだ! 俺を大切に思ってくれる仲間が大好きなんだっ!!」

 俺の選択肢はいつだってそうだ。選べない。上も下もない。全員大事なんだ。誰かを蔑ろにしたくなんかない。それが俺の偽らざる本心なんだ。結局ハーレムエンドしか想定してないわけだ。
 まぁ、卑下されたって構わない。俺はそういう選択をしたし、今後もきっと、それしか選べない。
 そして仲間たちは、それに引かない。こんな俺のバカな選択を笑顔で肯定してくれる。
 メルビィだけが困ったような笑みを浮かべているが、知ったことか。これが俺の人生だ。
 ……きっといつか破綻するはずの、俺のバカな理想論は、今日もまかり通った。明日はどうなるか、俺にはまだ分からない。
 けど、きっと後悔だけはしないように、今を精一杯生きよう。俺はそんなふうに思ったのだった。



to be continued...