(有)り得ないゲーム研究部。
何をするでもない日常系ゲーム研究部コメディ。……どうしてこうなった。
序幕-そして、フラグはへし折れる-
事の発端はしばらく過去の話になる。
「急に呼び出しちゃって、ごめん……」
紫条有架(しじょうあるか)は赤らめた頬を隠すように、背を向けて金網に触れる。
カシャン、という音が数十メートル下を流れる国道の騒音を遠ざける。
僕はそれをただ呆然と眺めるばかりだった。
見慣れたはずの有架姉の、急な変わりように僕は面食らっていた。数分前までポテトチップスの新味『苺パフェ味』のクオリティの低さについて盛り上がっていたとは、にわかに信じられない。
有架姉のポニーテールに結われた黒髪が、風にたなびき、さやさやと揺れている。
突然現れた意味深な雰囲気に、どう答えるべきか分からず、言い淀んでいるうちに時間は刻一刻と過ぎてゆく。
不意に風が吹き、4月とは思えない冷たさに身が引き締まる思いがした。
僕も、有架姉ちゃんも何も言わず、ただ立ち尽くしていた。
随分と長い間そうしていたような気がするが、やがて意を決したように有架姉は口を開いた。
「私、今までずっと、自分の気持ち、隠してたんだ……」
陸橋を囲う金網を、有架姉の細い指が強く握りしめていた。その決意の重さを物語るようにグッと強く。
僕はその言葉を、かじかむ指を擦り合わせる仕草でなんとか平常心を装いつつ聞いていた。
「私はもう、耐えられないの。カナちゃんとは、ただの幼なじみや近所に住んでるお姉さんじゃ、いたくないの」
カナちゃん、とは僕のことだ。紺野要だからカナちゃん。女の子みたいで恥ずかしい、と抵抗すればするほどそう呼んでくるので諦めたら完全に定着してしまい、未だに訂正出来ていない。まぁ唯一、有架姉一人だけがそう呼んでいるという事実が救いではあるけれど。
――だが、この空気は何だ……? こんなのギャルゲーとかでしか見たことないぞ!?
「だから、ね。私と……」
――何だ……? 何なんだこの展開は!? まさか遂に僕の人生にも春が来るのか!? 彼女いない歴16年にしてまさか、華々しい高校デビューの日がやってきてしまうのか!?
僕は高まり続ける興奮と動悸に耐えるため、制服越しに心臓を押さえて深呼吸する。
――まだだ。まだ死ぬわけにはいかない。
僕は自分自身に若干意味不明なエールを送る。だが、本当に死んでしまいそうなくらいに心臓がバクバク言っていた。
――そうか。これがコクハクか……。
僕はその破壊力に打ちひしがれつつ、その先の言葉を待った。
「…………」
「……………………」
しかし、予想に反して、沈黙は長かった。
有架姉は金網の向こうへ視線を送っているため、心情は窺い知れない。
何か、アシストをするべきなのだろうか。迷った僕は、彼女に助け船を出すべく思考を巡らす。
――選択肢1。背中から抱きしめる。そして耳元で愛を囁くのだ。「僕も、君と同じ気持ちだよ……」
想像して、顔が燃え上がるのを感じた。完全に自殺行為だ。これ以上心臓に負担を掛けるわけにはいかない。僕の心臓はいつ張り裂けるのか分からないのだ。それくらいに激しく脈動している。だからこの選択肢はあり得ない。告白慣れしたプレイボーイのみの特権だろう。
――では次に選択肢2。茶化す。「噂は本当だったんだね……。ムエタイを習うために海外留学するんだって? 小さい頃からの夢だったもんな……」
ぶっ殺される。間違いなく殺されてしまう。有架姉を茶化すのは危険なのだ。幼い頃に「有架姉ちゃんは居るアルかー?」とダジャレただけでぶん殴られて前歯が2本、宙を舞ったのを今でも鮮明に覚えている。当時はまだ乳歯だったので大事には至らなかったが、それ以降しばらく機嫌を窺って有架姉さまと呼んでいたものだ。あの頃の僕は、有架姉にことあるごとに土下座をしていて、ついには『鋭角の要』という不名誉な二つ名まで賜ってしまったのだ。とにかく、この選択肢もあり得ない。作戦は『いのちだいじに』で行きたい。もとい生きたい。
――というわけで無難に選択肢3。レディーファースト。言ってしまえば、待ちの一手だ。色々勿体ぶってみたが、やはりそれしかないだろう。
そんな僕の思考の合間に決意は済んだらしく、有架姉は口を開く。
「えと、私と……」
その瞬間、視界はゆっくりになって進んでいた。危機的状況になると人の眼は一瞬をコマ送りにするかのように鮮明に見ることが出来るらしいが、このときの僕もそれに近い状態だったらしく、周囲は急に無音になり、有架姉の口元だけがゆっくりと動き出す。音はそこからかなり遅れて届いた。曰く、
「私と一緒のゲーム研究部に入ってください!」
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「ハァッ!!?」
to be continued...
あとがき -序幕-
-序幕-
・有架篇その1。
無駄に洗練された無駄のない無駄な演技力。
・鋭角の要
その鋭い角度はコンパスの先にどこか似ている。