Bad Dead End


彼は死に、彼女は死に、あの人は死んで、その人も死んだ。その死をある人は幸せな死と呼び、ある人は不幸な死と呼ぶ。その解釈は一通りではないが、ただ一つだけ断言できることがある。それは、良い死に方ではなかったということだ。


case:01【真っ赤な愛】

 愛しています、心から。
 心の底から、ずっと。芯の奥から、ずっと。

 私は貴方無しでは生きられない。貴方の居ない世界なんて生きる価値も無い。
 貴方が居るから世界は輝ける。希望に満たされる。至福に至れる。

 この気持ちを何に例えれば、上手く人に伝えられるだろう。
 太陽のように私の中心にあって、活力を与えるもの。
 水のようにずっと傍に居なければ枯れてしまうもの。
 空気のようにそこに無ければ息詰まってしまうもの。

 どれも近いけれど、的は射ていない。正鵠は得ていない。
 私の浅はかな文章力では、この気持ちを表現できない。

 それがどうにも、もどかしい。
 こんなにも愛しているのに。
 狂おしいほどに想っているのに。
 私にはそれを伝えるための手段が思い浮かばないのだ。

 そして、それは大切な存在である貴方自身にも完全には伝わっていないだろう。
 そう、貴方は私の気持ちを分かってくれていない。

 どれだけ声高に叫んでも、声を大にして叫んでも、貴方はそれを理解してくれない。
 貴方は首を竦め、訝しむばかりだ。

 私はそれが悔しい。腸わたが煮えくり返るくらい悔しい。
 貴方の身体を八つ裂きにしたい衝動に駆られる。ううん、もちろん実際にはしないけれど。だって、当たり前でしょう? 私は貴方を愛しているのだから。

 でも、それでも、悔しいのは本当。だから、貴方に何度でも伝える。大好きだって伝える。愛してるって伝える。
 ……そして、思いっきり抱きしめて、キスの雨を降らせる。
 私はそうでもしないと自分の思いを伝えられないのだ。
 もちろん、これでもまだまだ全然足りないけれど、ひとまずは伝わる。ある程度は伝わる。
 そう思えば気分は少しだけ落ち着く。落ち着いた心地になる。
 その後の、照れたような貴方の笑顔が、私に生きる意味を与えてくれる。
 私の存在を肯定してくれる。

 ああ、そうだ。私はこの笑顔のためにここに存在している。
 この笑顔に出逢うために、生まれてきたのだ。
 この笑顔が無ければ私は生きる意味さえ無い。
 私の命に価値など無い。
 必要なのは、貴方だけ。私にはそれだけでいい。

 なのに、思いは伝わらない。
 幾度伝えても、声を嗄らすほどに叫んでも、貴方には届かない。
 やはり、今日もそうだった。
 貴方は何も理解していない。
 私がどれほど貴方を愛しているのか。
 私がどれほど貴方を必要としているのか。

 私以上に貴方を深く愛せる人は居ない。
 私以上に貴方のことを思える人は居ない。
 私ほど貴方に救われてる人間は居ない。
 私ほど貴方に依存している人間は居ない。

 それなのに、それなのに。
 貴方は何も理解してくれていない。

 何度も、何度も。声に出した。耳元で囁いた。何度も伝えたのに。
 貴方は理解を示してくれない。

 どうしてどうしてどうして。
 どうして分かってくれない。どうして伝わらない。どうして答えてくれない。どうして気づいてくれない。どうして理解してくれない。どうして!

 どうして他の女に尻尾を振るの?
 あんな汚らわしい女狐共に引っ掛かってしまうの?
 あんな女は貴方の価値を貶めるだけの何の価値も無い豚でしか無いのに。
 想っても想っても、貴方はすぐに騙されてしまう。……本当に不快な獣め。
 お前らのドブみたいな匂いで私の大切な人を蹂躙するんじゃない。反吐が出る。
 もっと私が自分の想いをうまく貴方に伝えられていれば、貴方もあんな豚共について行ったりはしないだろうに。……本当に不愉快な家畜だわ。

 想えば想うほど思いは募ってゆく。
 愛しくて、憎くて、守りたくて、傷つけたくて。

 ……ふふ、そっか。分かっちゃった。貴方に想いを伝える方法。貴方に答えて貰う方法。

 簡単なことだった。思いついてみれば至極シンプル。実に簡単な方法だった。
 それを実践すれば、貴方は私に必ず答えてくれる。
 私たちの愛は永遠となる。
 ずっと、一緒に居られる。
 ずっと幸せで居られる。

 貴方と、ずっと一緒……。
 それは泣きたくなるくらい幸せで嬉しいこと。
 だから私はそれを躊躇なんてしない。むしろすぐに実践に移した。
 これで私の悲願が達成される。
 もう、言葉なんていらない。必要性すら存在しない。
 あるのは単純な事実。ただそれだけ。
 そこには悩みも苦しみも無い。あるのは永遠の幸せ。

 嬉しい。貴方とずっと一緒に居られる……。
 どれだけ嬉しいことだろう。どれだけ幸せなことだろう。
 それだけを想って生きてきた。それだけを考えて生きてきた。それだけを支えに生きてきた。

 私は想う。
 貴方を抱きしめながら、永遠に想いを馳せる。
 私たちは永遠を手に入れたのだ。

 力なく横たわる貴方の下で私は笑った。
 こうすればずっと、一緒に居られるね……。

 貴方の心臓を貫いたナイフを、私は自分の胸に突き立てた。
 赤色に染まる視界の中、私は永遠の愛を感じていた。



to be continued...

あとがき

■01
・シリーズコンセプト
人が死ぬ話を書きたかったんです。
つまりはそういうジャンルの短編集みたいなお話です。
一応それぞれで少しずつリンクはさせるつもりです。

・第一回コンセプト
浮気された女が恋人と心中するお話です。
しかし一人称視点だと、それ以外の解釈もできるような気がします。
たとえば、全部女の妄想で、本当は付き合ってすらいなかったとか。浮気だったとか、本当は浮気ではなかったとか。いろいろ。
多少は共感できるかなーと思いながら書いてたんですが、如何でしたでしょうか。全然分かんないっすかね?
ともあれ、最初は丁寧に進めつつ、ラスト数行で一気に物語を動かして終わらせるっていう展開をやってみたかっただけなんだぜ。
……実際やってみたら全然うまくいかなかったんだぜ。