異世界奇譚~翼白の攻略者~


ある日異世界で目を覚ました俺は、黒髪、着物姿の女の子と旅に出ることになった。見れば見るほどゲームみたいなその世界を救うのが俺の役目だって!? しかもチート能力はおろか、過去の記憶すらなくなった俺には打つ手なんかないじゃねーかッ!! 「だいじょうぶですよ、ツバサ様。無理に頑張らなくても私が一生懸命補佐しますから。一緒に頑張りましょう!」 ……いっそ、このまま養生生活を続けるのもありかなぁ……。っていやダメだろ俺!?


第三羽【薔薇騎士】①

【キッカが〈魔物調教(ビースト・テイム)〉のスキルを習得しました!】

 ……というメッセージが表示されたのは、魔物を倒しながら王都への道を進んでいる途中のことだった。

 戦っていて気づいたことはいくつかあるが、それはさておくとして、〈魔物調教〉……。気になる言葉だ。
 特に調教って言葉が気に掛かる。……一体どんなことを調教させられるのだろう。
 ……しかし、魔物か。魔物だけなのか……。もっといろんな相手に調教ができたらなぁ……。まるで夢のようなスキルなんだが……。
 たとえば、幼女とか。少女とか。童女とか。……阿良々木さんか。阿良々木ハーレムか。素晴らしいな。俺も死にかけの吸血鬼に出遭わないものかな……。

「……はっ! これでハーレムが……。ウサギさんに囲まれて……、幸せですぅ……」

 などと菊花が夢の世界に旅立っていた。
 そうか。そういうハーレムもあるか。それはそれで夢のようだ。
 以前訪れたウサギの巣に行けば似たような気分を味わえるだろうが、あそこは秘境だしな。あまり人の手が入るべき場所ではない。ジジイの教えではないが、自然は自然のままであるべきだろう。そうあることでそのクオリティが保たれるのだ。
 秘境が秘境であるためには、ある程度の距離感が必要なのだ。そんなわけで、俺も菊花も涙を呑んであそこに近づくのはやめた。凄く気になるんだけどな。気に掛かるんだけどな。

「どうする? そのスキルでウサギ類が仲間にできるかどうか試してみるか?」
「そうですね……。凄く気になりますけど、そろそろ次の町も近いですし、試すのは今度にしましょうか。それより、日が暮れる前に宿を探さないと……」

 菊花の言い分ももっともだったので、それに従うことにする。
 ……いや、後ろ髪引かれる思いもないわけではないんだが……。
 暗くなればやはり危険だ。そのうえ、女の子を引き連れての夜間の行動は怖いものがある。
 荒くれ者とかに出会したら俺だけでは対処しきれないかもしれないし……。やはり安全策に則るのが正しいだろう。……まぁ菊花さんの腕なら大抵の荒くれ者程度は瞬殺できそうなものだけどさ。

 ……ともかく、そんなわけで、俺たちは取り急ぎ、次の町へと向かかうことにした。

 それにしても、この世界で冒険を始めて、改めて驚いたのがアイテムボックスの存在だ。
 これはメニュー画面から開くことができて、手に入れたアイテムを格納することができるというシステムらしい。
 物理法則とかガン無視っぽいけど、まぁ便利だし良しってことにしとこう。
 実際の使用感は、かなり便利だけど万能ではないかな……って感じだ。

 例えるならバイオ4だろうか。
 アイテムボックスという空間があって、そこにアイテムを格納していく。
 アイテムには大きさ、形状があるから自由には入れられない。テトリスみたいにうまく詰め込んでいくのだ。
 ボックスの大きさはスキルとかで変わるんだろうか。あるいはそれにも熟練度の要素があるんだろうか。
 熟練度の項目はかなり膨大で、いちいち確かめる時間がなかったから詳細は分からないけど、そういうのもありそうだな。

 魔物はほとんど菊花さんが倒してくれるけど、弱そうなヤツには俺も参戦している。
 なんか動物虐待してるみたいで気が進まないけど、向こうから襲ってくるし、やむを得ないから戦うしかない。
 まぁ、刃物もあるし、素人の剣でも手こずるということはない。菊花が選んでくれた剣がそれだけ優秀なんだろうか。
 そんなこんなで、次の村に着くまで狩りをしていたら、良い感じにドロップアイテムが集まってきていた。
 ……で、これはどうするべきなんだろうな。
 嵩張る物じゃないからアイテムボックスには結構入れられるんだけど、どう処理するべきなんだろうか。
 売れればいいけど、こんな簡単に手に入ったものが高値になるとは考えにくいし、とはいえ、ほかにどうするべきか。
 調合とかの素材にならないのかな。そしたら、ツバサのアトリエみたいなタイトルに変えるべきかな。あ、でも地名が良く分からないからサブタイトルが決まらないな……。う~む。

「あ、錬金術師のゲームなら、私も覚えてますよ。以前の世界では良く遊んでました」

 なんて、菊花はここにきて始めて俺の話題に乗ってくれた。ようやく、ゲームの話ができるよ! ゲームばかりやってなさい。
 俺としては錬金学園ものの2作目がトラウマだったなぁ。うろ覚えだけど、サブヒロインの一人が凄い馬鹿で、雪山で「叫ぶなよ」って言った直後に「やっほー!」とか叫んで雪崩起こしてパーティ全員遭難しかけて、そのうえ謝りもしなかったというお話が思い出される。
 ……謝れる大人って素敵だ。そんな大人になろう。うん。

「そうだなぁ……。ああいう、ちまちまアイテム集めて調合して装備や設備が充実していくのも楽しいよなぁ。なんだかんだで作業ゲーも結構いいもんだよなぁ」
「ストーリーそっちのけでずっと調合してましたよ!」
「……あるある」

 なんなら、キャラたちはストーリー的に盛り上がってるのに、プレイヤー側は置いて行かれてるまである。あれ、どういう設定だったっけ……? みたいな。
 こんな人いたっけとか、誰々っていうキャラに会いに行けとか言われても誰だか思い出せなかったり……。
 人間、効率を求めるとそれ以外が蔑ろになるからな……。
 知ってる体で固有名詞だけ書くのやめて欲しいよな。あれ、ホント困る。その辺は制作者さんに心底お願いしたいところだ。

「調合、できると良いですね!」
「ホントにな……。けど、某ヒロインみたいに爆発したり、焼肉ソーダみたいな珍妙なの作られても困るけど」

 あと、食べ物のつもりが武器になったり、毒になったりとかな。

「……そこまでハチャメチャなものはないかもですけど……」
「うん、期待はしてない」

 というか口に入れる根性ないよ、そんなの。

「あ、見えましたよ! ほら、あそこです!」

 菊花が手を上げた先には、確かに建物が見える。リーティス村と比べると、随分と町っぽい。
 自然と足取りは軽くなるのだった。

「へぇ……」

 町並はやはりというべきか、なんというべきか、とにかく中世風だった。
 とはいえ、中世と聞いて想像するような、あの豪華絢爛な感じではもちろんない。
 ファンタジー作品にありがちな、古っぽい町並。
 けど、リーティス村と比べれば大分発達している印象だ。市壁の中に家がキチンと隣り合っている。だが、間取りは比較的ゆったりしていて、ゆとりはありそうだな。
 当たり前だけど、建物はほとんどが一階建てから二階建てまでで、高い建物は町の中央にそびえる風車くらいだ。
 なんだか64版のカカリコ村を思い出すな。ニワトリは見当たらないけど。

「さて、それじゃあ宿を探しましょうか」

 菊花がカラコロと下駄を鳴らしながら街道を先導する。
 俺はそれをキョロキョロと辺りを窺いながら、ついて行く。
 木造建築だからそれほど目新しいというわけでもないが、使い古されそれを整備して使い続けているであろう調度品の数々は、少し新鮮だ。
 薄汚れてはいるが、不思議と不潔とは感じない。手入れが行き届いているからだろうか。木の柵や土壁、樽や木箱なんかを眺めながら、俺は少し浮ついた気持ちでてくてくと歩いていた。

「あ、看板がありますね! どれどれ……」

 まだ字は読めないが、菊花の隣でその文字を確認しようと俺が足を踏み出した瞬間、俺のすぐ脇にあった乱暴に開かれた。

「おのれ、勇者め! 謀ったなッ!!」

 俺は扉に押し倒されたらしい。急な衝撃に状況が判断できない。
 何が起きた。俺はどうなった……?
 倒れたまま、尚も体重を掛け続けるそれが、蝶番から外れた扉そのものだと気づいたときには、俺の意識はすでに遠くなっていた。

第三羽【薔薇騎士】②

 身体が綿毛のように軽い。
 視界は真っ白に染まっている。勝負に負けたポケモントレーナー張りに真っ白だ。あるいは燃え尽きたジョーとでも例えたほうが適切か。
 真っ白な空には人影のようなものが浮かんでいる。シルエットは次第に鮮明になり、それが美しい金髪の天使だと気づくのはしばらくしてからのことだった。
 天使は美しい微笑を浮かべながら翼を広げ、俺に手を差し伸べる。
 天使は倒れていた俺を抱えて、その美しい顔を俺へと向ける。
 今までに見たこともないような美しい女性の顔だった。
 菊花も美少女には違いないんだが、それとはベクトルが違う。
 可愛いよりも、美しい。そんな言葉が相応しいだろう。
 いっそ神々しいとすら思う。そんな天使に支えられ、笑顔を向けられるなんて、酷く恐縮する。恐れ多くて死にたくなる。
 そんな優しさに触れる資格は、俺にはないんだ。
 俺はただ、ツバサ様の代わりに異世界を旅してるだけなんだ。
 世界を救う力なんかないし、そんな器でもない。
 俺は何もできない、ただのオタクなんだ。
 俺はそれだけの、つまらない存在なんだ……。

 すると、天使は優しい微笑を携えたまま、俺に問う。

「何を言っているのかは分からんが、目が覚めたのだな。……具合はどうだ……?」

 何を言っている……?
 具合も何も、夢心地だ。死んだいるのかと思ったくらいだ。
 ……というかここはひょっとして、天国じゃないのか……?

「済まぬな、キッカ殿……。どうやら手遅れのようだ……」
「いえいえ、気持ちは分かりますが、これがツバサ様の平常なんです。さぁ、ツバサ様。起きてください。ここは天国でもゲーム世界でもなくて、キチンとした現実なんですから」

 ……現実、ね……。
 記憶もなく、特別な能力もなく、ゲームみたいな世界にやってきただけのオタク……。
 それが俺のリアルな現実……。
 ああ、そうか。そうだったな……。そういえば、そうだった。
 思い出したよ、……ようやくそれを。

「分かってるよ。俺は何の取り柄もないただのオタク……」

 だけど、一人じゃない。
 ずっと俺に付き従ってくれる優しい味方がいる。
 菊花が隣にいてくれる。

「おたく……? 相変わらず訳の分からないことばかり言うな……? まぁいい。目が覚めたのなら、身体を起こしてくれ。いい加減に少し重たい」

 そうは言われてもな……。まだ視界がはっきりとしないんだ……。
 態勢もめちゃくちゃになってるみたいだし、とりあえずは言われた通り、身体を起こさないことには……、ふにゅん。
 ん……? なんだこれ……? マシュマロか……? 中世とはいえ、そんなものもあるのか……? しかし、それにしてはデカイな……。掴みきれないくらいのサイズだぞ……? ……ふにふに。

「ふぁ……ちょ……ダメ……ッ!?」

 頭のすぐ上から、上擦ったような女の声がする。いっそ『女』とカギ括弧で括りたいような淫靡な響きを醸しながら……。
 まさかな……。いや、だってまさかだろ……? 俺に限ってそんなラッキースケベな展開が起こるわけがないだろう。どーせ、実は女の子の胸かと思いきや医者のおっさんのふくらはぎでしたみたいな、そんなオチだって。
 まったく、オチまで読めてるってのに、俺はどうやって新鮮なリアクションを取れば良いってんだ。
 あーあ、分かった。分かったってばよ。よーし、きっちり吉本芸人張りに素敵なリアクションを披露してやるから、黙って待ってろってんだ。
 ……せーので行くぞ、せ――

「こんの、ド変態がッッ!!」
「ツバサ様のエッチィッッ!!」

 五臓六腑を吐き出したような虚無感の中、俺は再び意識を失った。

 ……んで、目が覚めた俺の前には悪鬼羅刹の二人組が徒党を組んで待ち構えていたよ。
 相手の一人は言うまでもなく、菊花。無表情の菊花は、物凄く怖い。素人目にも分かりやすいくらい殺気立っている。そうか……、これが殺気か……。人を睨み殺すかと言うほどの恐ろしい気配がする……。鷹の目かよ……。世界最強かよ……。
 そして、もう一人は……誰だ……?
 赤い長髪に騎士風の鎧を纏った女。随分と気の強そうな顔立ちだ。……まぁこれだけ殺気立ってれば、気が強そうに見えるのも当然なんだけど……。

 二人が殺気立っている原因は、さっき俺が立ち上がろうとしたときに掴んでしまったアレの所為だろう。
 くそ……マシュマロだと思ってたから、あんまり覚えてないぞ……。アレがかの聖なる象徴たる伝説の双丘だと分かっていれば、その感触を決して忘れたりはしなかったというのに……。
 俺としたことが……、なんたる失態だ。

「……き、キサマ……! 何を思い返している……ッ!? 我が剣の錆になりたいかッ!?」

 女騎士様は激昂していらっしゃる。
 見てみれば鎧の下は、随分と女性らしい膨らみがありそうだ。鎧の胸元が特別製みたいにふっくらしているからな。いや、鎧なんて詳しくないし、元々そういう風に作られてるだけなのかもしれないけど……。
 しかし、まぁスタイルは良さそうだ。身体付きだけ見てもその程度は想像できる。

「ツバサ様……ッ! やっぱりツバサ様もそういうほうが好きなんですね……。私なんて……。私なんて……ッ!」

 菊花は菊花で面倒臭いことになっている。
 確かに、そういう一点のみで論ずるならば、明らかに君は劣っているけれども、けど、菊花の良いところはそこじゃないだろう!
 くそ、恥ずかしすぎるし、言っても墓穴になりそうだから何も言えないッ!
 こんな修羅場でできることなんて、俺には一つしか思い当たらない……!
 だが、俺にはその選択ができない……ッ! 何故なら俺はッ……!

 亀甲縛りで壁に括り付けられているからだ。

 どうして、なんでこうなったッ!
 なんでこんな結び方知ってんの!? あとで俺に教えて頼むからッ!

「謝る謝るッ! 申し訳ありませんでした! 土下座だってするよ、靴だって舐めても良い! だから助けてくれッ! 俺はまだバッドエンドに向かいたくないッ!!」

 菊花のほうはこれで大人しくなってくれたが、女騎士のほうはまだ殺気を収めてくれない。怖い怖い怖い。助けて死んじゃう殺されちゃう。

「……ほう、許して欲しいか……。ならば、私の頼みもついでに聞いて貰おうか。さすれば、縄は解くし、自由も保障しよう」
「何だってやってやる! だから陵辱プレイはやめて! 緊縛もイヤ! 俺はもっと穏やかなのが良いんだよぅ!」
「……少し、哀れになってきたな……。相分かった、縄は解いてやろう。キッカ殿もそれで良いか……?」
「……ええ、だいじょうぶです。それではツバサ様、失礼します……」

 俺は半泣きになりながらも、どうにか生き延びることができたのだった……。

第三羽【薔薇騎士】③

「さて、どこから話したものかな……」

 女騎士は腕を組んだまま、視線を巡らす。
 ……まずは自己紹介からだろ。ともかくいつまでも女騎士じゃあ呼びづらいことこの上ない。

「ふむ。それも一理あるな。いいだろう、私の名はアリシア=ハーケンローズ。勇者一行が一人、〈赤薔薇の一本槍〉とは私のことだ」

 なんか凄い名前が来た。
 おいおい、そのあとにどんな風に名乗れば釣り合い取れるんだよ。いい加減にしてくれ。

「俺はツバサ。記憶喪失の冒険者だ」

 前もって決めていた取り決め通り、俺はそう名乗った。
 以前、一応菊花と決めておいたんだが、これで良かったんだろうか。まぁ嘘ではないんだが……。

「私は菊花と言います。ツバサ様に仕えています」

 そうだよ、ここが意味不明なんだよ。
 どうして、記憶喪失の冒険者に従者がいるんだよ。煮詰めた意味が全くないよ。なんなら無意味だよ。

「……? どうして従者がいるんだ……? ツバサ殿……? 其方は一体どんな身分だというのだ……?」
「悪いが……、それは分からん。菊花に訊いてくれ」
「ツバサ様の詳細については黙秘させて頂きます」
「……???」

 アリシアは頭上にクエスチョンマークを三つくらい浮かべている。が、それも仕方がないだろう。
 理屈としては滅茶苦茶だ。だが、こう出られると、よほど高圧的なヤツでない限り、強くは出られない。
 目論見通りというべきか、アリシアはそれ以上の追求を控えたようだった。

「ま、まぁ、無理に聞くような話でもないか……。というかもしかして、ひょっとしたらなんだが……」

 アリシアはそう前置きを置いてから、こう尋ねてきた。

「勇者一行と魔王については、説明の必要はないだろうな……?」
「「…………???」」

 今度は俺たちが頭上にクエスチョンを三つ浮かべる番だった。

「記憶喪失とは、そう言った情報まで忘れてしまうものなのか……。いや、失敬。困っているのは其方のほうだろうしな。……よし、ならば私が説明しよう」

 アリシアの話は大体こんなところだった。
 この世界には、人のほかに魔族と呼ばれる人種が生息している。
 その中でも、魔王と呼ばれる魔族の王は人間を滅ぼそうとする恐ろしい存在だったらしい。
 その魔王を、かつて勇者と呼ばれた一行が打ち倒し、厳重に封印することで、世界に平和が訪れたらしい。
 残された魔族たちは散り散りになって地方へと流れていったそうだ。差別の意識も根強くあるらしいが、全てが人間に牙を剥くというわけでもないので、適応力の高い魔族たちは人間社会に上手く溶け込んで今も生きているのだとかなんとか。

 そんな社会情勢に変化が訪れたのは数年前。
 魔王を名乗る男が一つの小国を滅ぼし、そのまま乗っ取ってしまったというのだ。

「そこで立ち上がったのが今の勇者、アルス様なのだ! あの方は世界を救うために、魔王を倒す旅に出たのだよ!」
 
 ……まぁ、分かりやすい世界情勢で何よりだ。
 いわゆるゲームの世界そのまんまだしな。しかもアルスて。由緒正しすぎるだろ。
 きっとその父の名はアレルで、更にその父はオルテガだ。間違いない。

「……んで、その勇者一行のお一人が、こんなところで何油売ってるんだよ」

 俺が問うと、アリシアは途端にどよーんと沈み込んでしまう。
 だから何があったんだっての。

「……置いて行かれたのだ」
「……は?」
「……だからッ! 置いて行かれたのだと言っている!」

 なんか逆ギレされた。そんな殺生な。

「いつだってそうだ! あの方は私を弱者のように扱い、除け者にする! 遊びで置いて行かれたのもしょっちゅうだったし、最近は隠し事も多いし、ここ1、2年は目さえ合わせてくれなくなったし……。私の何がいけないというのだ……。剣だって修行した。馬術だって覚えた。馬上槍だって扱えるようになった! ……なのになんで、私を頼ってはくれないのだ……。私の全ては、勇者のために、アルス様のためだけに磨き上げたというのに……」

 喋り方は、依然騎士風だが、その姿はなんだか小さく見えて、何というか普通の女の子だ。
 肩を震わせて、涙を払おうと必死な姿に、なんか心が動かされてしまう。
 それに……、なんというか、分かってしまった。この少女を置いていった勇者の気持ちが……。

 実際の強さはどうか知らないが(初見の時に確かドアを蝶番ごと吹っ飛ばしていたくらいだからたぶん腕っ節は強いんだろうが)、この子の内面のほうはというと、普通の女の子なんだ。
 戦いに興じるわけではなく、使命に殉じるわけでもなく、勇者の力になりたいだけの、ただの女の子でしかない。
 実際に行われる戦闘が、どれほど凄惨で困難なものかは俺にだって想像がつく。
 そんな場所にこの子を連れて行きたいと思うか……? 答えはノーだ。俺だったら絶対に連れて行きたくない。
 俺が、俺ごときが勇者の気持ちを語るのも、随分と無礼かもしれないけど、けど、きっとそれが真実なのだろう。

 だけど、それでいいのか……?
 俺は同時にそうも思う。
 
 彼女を戦いに巻き込まないのは簡単だ。除け者にすれば良い。そうすれば、心情はどうあれ救うことは叶うだろう。
 しかし、この涙は……?
 この涙の先に、彼女の望む幸福があるのか……?
 身体は傷つかなくても、心はズタボロなることだってあるんじゃないのか……?
 なぁ、勇者さんよ……。この展開が、本当に正しいんだって胸を張って言えるのか……?
 この光景が正しいんだって、そうあるべきなんだって、そう言えるのかよ……ッ!?
 命があればそれで幸せか? コイツの顔が幸せそうに見えるってのか……!?
 だとしたらそいつは、とんだ節穴の目の持ち主だな。クソッタレ……ッ!

 涙に釣られただけだと、そういわれればまったく否定できないけどさ。
 これを見て見ぬ振りしちゃあ、男が廃るってもんだろうよ!

 だから俺は、アリシアの肩を掴んで正面からその顔を見据える。
 蒼穹の瞳が、不安そうに俺の姿を捉えている。

「行くぞ、アリシア。今から勇者(そいつ)を、これからそいつを、殴りに行こうか」

 なんかカラオケで歌ったことのある響きに何処か似ている気もするけれど、それはこの際気にしない。気にしないったら気にしない。あと、麻薬、ダメ、絶対。

第三羽【薔薇騎士】④

 アリシアを置いたまま、先に旅立ってしまった勇者を追いかけるため、俺たちは協力態勢を敷くことにした。
 ……というより、なんだかアリシアが不安を覚えさせるような乙女な性格のため、俺も菊花も保護欲をそそられた形だ。
 まぁ、俺たち自身、この世界に関する知識は全般的に欠如していたし、この世界の住人が仲間になってくれるのはありがたい話だった。

 そんなわけで、歓迎会というべきかなんというべきか。ともかく、落ち着いて食事でもしようという話になった。
 そこで披露されたのが鎧を脱いだアリシアの勇姿だった。
 ……これは……ッッ!! ……すごく……大きいです……。
 部屋着だからか、比較的リラックスしたようなシャツだ(チュニックブラウスっていうのか? よく分からんが)。だが、嫋やかに身体を包み込む一枚の布きれがボディラインをやんわりと主張していて、なんだかぐっとくるものがある。
 アレだな……。さほど主張のない服装でも、肉体が絶え間なく主張を繰り返しているため、色香がとんでもない。
 ズボンも七分丈くらいのくるぶしが剥き出しなスタイルで細くしなやかな足首が健康的に露出している。

「なんだ、人のことをつぶさに見つめて……。家事が似合わないのは分かっているが、こう見えて割と得意なのだ。安心して見ているが良い」

 ついつい見てしまうのはそんな理由じゃねえんだよ! 視線が奪われてしまうんだ。本能が、男としての本能が、俺を自由にしてくれないんだ!

「凄い……、アリシアさん、お料理上手なんですね……。ちょっと自信なくしちゃいます……」
「おいおい、あんまり持ち上げてくれるな。私など城の給仕にも劣るさ。所詮趣味の領域でしかないぞ」

 これで給仕に劣るなら、城の給仕はどれだけスペシャリストなんだろうな……。
 そう思うくらい、アリシアの料理は手慣れていて、無駄がない。同時に3つくらいの動作を平行していて、尚且つ余裕がある。
 菊花はというと、アリシアの指示に従って鍋の具合を確かめたり、食器を用意したりしているが、「キッカ殿、そっちの器ではなく、もう少し深いほうが……」とか、「少し火の勢いが強すぎるな……。薪を散らしてくれ」などと指示を受けて、せっせと手伝っている。
 いや、もうこれ、達人とかの域なんじゃないの……? 指示がいちいち淀みないし、何より反応が早い。どれだけ手慣れているんだという話だ。

 ……というか、この世界でも薪とか使うんだな……。魔法とかあるのにな……。
 ちょっと気になって訊いてみると、「着火にはもちろん使えるが、燃やし続けるには手間が掛かりすぎるからな……。薪を使ったほうが便利だろう……?」などと仰っていた。
 魔法の使える世界って、思ったより万能じゃないんだな……。なんだかショックだ。

「それに私は、あまり魔法が得意ではないしな……」

 と、最後にちょろっとそんなことを呟いていた。向き不向き、か……。まぁ、そういうのもあるか。
 魔法はともかく、料理の才能には恵まれているようで良かった。……まだ食べてないから、とっておきのどんでん返しがあるのかもしれないけどさ。

 それにしても……。
 赤い髪をなびかせて料理をするアリシアは実に楽しそうだ。
 本当に料理をするのが好きなんだろうな。あるいは食べて貰うのが好きなのかもしれない。
 そう思うと、少し勇者が憎らしいな……。もしかしたら、この技能は勇者に喜んでもらうために身につけたものかもしれないじゃないか。
 それだけ想ってもらっといて、置いてけぼりにするなんて酷い話だ。やっぱり、殴りに行こう。うん、決定。

 ……というか、なんだろう、何か既視感を覚える。ついに過去の記憶が蘇るのだろうか。ようやく物語が始まるのか。ようやく俺TUEEEできるのか。
 そういえば、夢で見たあの天使……。
 さっきから、どこかで見たことあるような気がしていたけど、この光景で分かった。アリシアだ。
 赤い髪も火に照らされると金色に見える。太陽に照らされても同様だろう。何のことはない。俺は寝ぼけ眼で見上げたアリシアを天使と見間違えていただけだ。
 重いとか言われてたし、手を上げてすぐ胸に触ってしまったのはたぶん、膝枕に近いシチュエーションだったからだろうか。
 ……となると、手当てしてくれてたのもアリシアなのだろうか。まぁ、自分が吹っ飛ばした扉に潰されて気絶した男だ。アリシアの性格なら介抱くらいしそうなものだ。

 ……こいつぁ、しっかりとお礼を言っておかないとなぁ。

「さぁ、出来上がりだ! とくと味わうが良い!」

 なんだ、俺は魔王か何かか? これからとんでもない一撃でも食らうんだろうか。

「私も僅かながらお力添えさせていただきました。ツバサ様のお口に合えば良いのですが……」

 俺はというと、料理の手伝いはまったくしていない。というか、手伝おうとしたら、「台所は女の戦場だ。生半可な覚悟で踏み入るのはやめてもらおう」とか言われたので引き下がったくらいだ。
 だからサボっていたのではない。どちらかと言えば仲間に入れてもらえなくて少し凹んでいたくらいだ。
 とはいえ、手間暇掛けて作ってくれたのは確かだからな。
 除け者にされて置いて行かれた女を救うつもりが、除け者にされてたのは俺のほうだったわけだけど、まぁそれはさて置くとして。

 労いの言葉は掛けるべきだよな。美味しければ美味しい。不味ければ不味い。それをはっきり告げて礼を言おう。
 何の料理だか分からないが、ビーフシチューかそこら辺っぽいものにスプーンを突っ込んで口に含む。
 豊かな香りは予想以上の芳香を醸し出している。そして舌に感じる味わいを噛み締める。
 幸せな味がした。食材のほうもこれだけ見事に調理されては、さすがに本望だろうよ。俺はそんな風に思うのだった。

 期待に胸を膨らませた表情で俺を見つめる美女と美少女の視線が、なんか熱い。
 じっくり舌先で味わった後、嚥下した俺は取り敢えず一言。

「美味すぎるッッ!!」

 とりあえず性欲を持て余したような渋くて良い声を出して、唸っておくことにした。

第三羽【薔薇騎士】⑤

 さて、勇者を追いかけるのを当面の目的とするとして、だ。
 いくつか疑問点を解消しておく必要があるだろう。
 まずは、魔王について。

「……うむ。その戦力に関しては、私も人伝でしか聞いていない。ただ、圧倒的な膂力と魔力を以て城の城門を文字通り粉砕したのだ、と聞いている」

 城門を粉砕、か……。
 馬鹿みたいに強いみたいだな。普通、城門は簡単に壊せるようなものじゃない。でなければ城門は城門として機能しないからだ。
 つまり、この世界から見ても超常の力で攻め入られたからこその敗北なのだろう。
 そして、恐らく……。これは恐らくなのだが……、魔王とやらはあまり利口とは思えない性格らしい。
 ……まぁ、お利口な魔王ってのも何だという話なんだが、それはそれとして、頭が良いとは考えにくい。
 だって、どう考えても城門は破壊するよりも無効化したほうが便利だからだ。再利用という方法を考えなかったのか。あるいはそれができない状況だったのだろうか。
 考えにくいけど、たとえばその城門には聖なる守りが施されていて、魔王にとっては破壊すべき対象だったとか……。

 う~む、この場で結論を出すのは無理っぽいし、もう少し話を聞くべきか。
 などと考えつつ、俺はスプーンを口に含んだ。この世界でもビーフカレーはビーフカレーと言うらしい。上手く翻訳変換されているだけかもしれないが……。

「勇者さんたちは、そんな魔王とまともに戦えるんですか……?」

 菊花は魔王の話に背筋を震わせながら、そんなふうに小首を傾げた。
 ……ていうか、アンタも世界を救って渡ってたんじゃなかったのか?
 まぁ、今や俺はただのパンピーそのものだから、恐れる気持ちも分からなくはないけども。

「うむ。勇者は強い。私の貧相な想像力では、あの男が膝をつく姿など思い浮かべられんよ」

 などと、アリシアは恋する乙女の眼でそんなことを言う。
 少しだけ嫉妬を抱くが、まぁ、幸せそうなので良しとしておく。

「見たところ、アリシアも相当強そうだけど、勇者はそれ以上に強いのか……。なんだか上には上がいるって感じだな……」
「ははッ、そう言ってもらえるのはありがたい話だがな、生憎と勇者の強さは私などとは比較にならんよ。……まぁ、腕相撲だけなら負けたことはないんだがな……」

 腕っ節はコイツのが上ってことか……。
 案外勇者も人の子だな。というかアリシアがおかしいだけなんじゃないの……? そこんとこ、どうなってんだろう。

「素敵な方が仲間になってくれて、良かったですねツバサ様!」

 朗らかに笑う菊花の顔を眺めながら、俺はというと……。
 アリシアと菊花の筋力値(STR)はどっちが上なのだろう、と少し不遜なことを考えていた。

 菊花が貧乏性な所為か、はたまた無警戒な所為か、俺たちは男女共に一つの部屋で夜を過ごした。
 夜を過ごしたと書くと、なんだか致してしまったような気がするが、はっきり言っておく。何もなかった。
 何かしたかったのは本当だし、なんなら、確信犯的な事故で「ベッド間違えちゃったー! あははー!」とか言いながらあのマシュマロにダイビングしてやりたかったのは確かだし、なんなら犯りたかったまであるが、結局菊花の「うにゅ~、ツバサ様ぁ~。……エッチぃのは禁止ですぅ……」の一言(たぶん寝言だ)で踏み止まってしまった。
 くそ……。なんかダメだ……。それ以上踏み込めなかった。
 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……!!
 って自分に言い聞かせても、やっぱり俺にはできなかった。
 ……いやいや不能とかそういう話じゃなくて、むしろ刀のように反り返って……ってやかましい! そんな大和魂は脇に置いとくとして! 断固捨て置くとして!

 なんか菊花は守りたくなる女の子なんだよな……。実際守られてるのは俺のほうなんだけども。
 あの100%全肯定みたいなあの女の子を、そういう利己的な想いで汚したくないんだよ。男なら分かってくれるはずだ。
 劣情なんぞよりも、よっぽど正しい心意気だ。
 ……たぶん、そうやって俺みたいな人種は生涯童貞を貫くんだろうな……。
 まぁ、それならそれでまぁいいや。
 それで守れるものが、己の純潔以外にもあるのなら、この苦悩も決して無駄ではないだろうから。

 ……というのが、自分に課した言い訳だよ。はぁ……。

 翌日、俺たちは王都を目指すことにした。
 結局、勇者の行方にしろ、魔王の動向にしろ、人が多い場所のほうが情報が集まりやすいだろう、との判断からだ。

 市壁を過ぎる手前くらいで、アリシアが切り出した。

「さて、そろそろパーティ申請をしておこうか」

 すると、視界にメッセージが表示される。

【アリシアをパーティに加えますか?】
【YES/NO】

 もちろんイエスだ。
 すると、メニューウィンドウの中にアリシアの名前が表示される。
 これでステータスが確認できるのか……。
 ……そういえば、項目の中には体重とかスリーサイズとかないんだな……。ちょっと淡い期待をしたのに……。のにのに……。

「ツバサ様っ、またヘンなこと考えてませんか……?」

 なんで分かるの……? って別にヘンじゃないだろ! えっと、ほら、アレだよ! 戦略的に重要だろう? 重さが分かると……、肩車するときとか、こう……、担ぎ上げるときとかに……。ねぇっ!?
 じぃ~……と、菊花が俺を胡乱な眼差しで見つめてくる。俺が何をしたと言うんだ。俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ! ヴァン師匠がやれって言ったんだ!

「……そろそろ慣れてきましたけど、ほどほどにしてくださいねっ。アリシアさんは私と違って従者ではないんですから」

 あれ……? それって従者にだったらしてもいいの? あんなこととかこんなこととかそんなこととか! 人目を憚るようなこととか色々妄想がユニバースに染まってゆく。

「よーし! ……ハーレム王に、俺はなるっ!!」

「キッカ殿、この先はまず西へ向かいそこから……」
「なるほど。それでしたら日が暮れるまでにこの辺りには辿り着きたいですね!」
「うむ! さすがはキッカ殿。話が早いな!」

 ガン無視である。
 ……ハーレム王への道程はかくも険しいものなのか。
 しかし、その道が困難であればあるほど、それを登り切ったときの喜びは如何物にも代えられない。
 そのためならば、……俺はきっと……。

 ……って、ほっとくと本気で置いて行かれそうだったので、俺はすごすごと後に続くことにした。



to be continued...

あとがき 三羽

①主人公に見せ場がない本シリーズですが、もう少しそんな展開が続くかと思われます。
というか、見せ場を作る前に、書かなきゃいけない要素が多すぎるような……。
相変わらず読者の需要が分からないへっぽこな作者ですが、お付き合いいただければ幸いです。

②結局ほとんどお話が進みませんでした。
こういうお色気(?)シーンは是非とも挿絵付きでみたいと思うのは私だけでしょうか……否! 断じて否ァ! 男なら、夢に生きてこその人生だろうがァッ!!
そんなわけで当方では、挿絵を描いてくれるかたを大募集しています。我こそはというかたは是非お声をお掛けください。この通り! この通りですから、ズサァ!(土下座の音)どうか! どうかお情けをォッ!!

③毎度毎度の急展開。アリシアさんは仲間になります。次回からは勇者追跡篇がスタートです。
が、ちょっと展開が滅茶苦茶過ぎたので、一端まとめを挟みます。タイトルは④。つまりはオチみたいな感じですが。
次々回……第四羽から、本格的な攻略がスタートとなる予定です。
ちょっとずつツバサの活躍が描けたらいいなぁ。
あと、アリシアさんのチョロイン(チョロいヒロイン)としての活躍もご期待ください。

④まとめです。
とはいえ、団欒シーンが書けなかったので続くかもしれません。
あるいは四話の冒頭にぶち込んでそのまま流すかもしれません。
その後は実は全然考えていません。なので、しばらく間が開いたらごめんなさい。

⑤微妙な区切りですが次回から王都篇です。
やることはそんなになさそうなので、第四羽は短めかなぁ。まだ分かんないけど。
なんかアリシアばっかり描写してたら菊花が空気になってる気がしたので今回はいっぱい構ってあげました。
そろそろツバサの扱いがぞんざいになってきたけど、これが本来あるべき対応だと思います。
……キャラを平等に扱うって、実は物凄い難問なんじゃないの……?