異世界奇譚~翼白の攻略者~
ある日異世界で目を覚ました俺は、黒髪、着物姿の女の子と旅に出ることになった。見れば見るほどゲームみたいなその世界を救うのが俺の役目だって!? しかもチート能力はおろか、過去の記憶すらなくなった俺には打つ手なんかないじゃねーかッ!! 「だいじょうぶですよ、ツバサ様。無理に頑張らなくても私が一生懸命補佐しますから。一緒に頑張りましょう!」 ……いっそ、このまま養生生活を続けるのもありかなぁ……。っていやダメだろ俺!?
第五羽【王都到着】①
賢いヤツと聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろうか。
俺なら、最初に思いつくのは、いわゆるインテリ系と呼ばれるヤツらだ。
プライドが高く、自尊心が高く、それゆえに柔軟な思考に欠けた、つまりは頭でっかちなヤツら。
自分の賢さに自信があるものだから、その物差しを通してしか物事の判断ができない。
それゆえに、どこか高慢で傲慢だ。他者を見下す傾向が強い。
中には、自分と同じビジョンを持った人物としか会話をしたがらないようなヤツらだっている。まったく、どんだけ人を見下してるんだって話だ。
あげく、その価値観を否定されると逆ギレするか。シカトするかの二択。まったくもって度し難い。……なんか思い出すだけで腹立ってくるな。記憶はないけれど、どこからかそんな思いだけは想起される。……いっそそれくらいは無くなってくれていてもよかったんだけどな。
次に思いつくのは、俺にとって本当に賢いと思える人間だ。
誰かのために良いことをするのではなく、自分のために良いことをするのだと、そういう主張をする人がいる。
それは、右のほっぺたをぶたれたら左のほっぺたを差し出す……みたいな献身的思考ではなくて。どちらかといえば確率論に近い考え方だったように思う。
つまりは、誰かを救えば、その人から何かお返しをもらえることだってあるよね、って話だ。誰かがいればそこには需要と供給が存在している。需要と供給があるってことはそこにはお金の遣り取りが生じているということ。
平たく言えば、儲けるチャンスだってあるって話だ。
だったら、人助けはその可能性を水増しする行為。いわば投資だ。与えることで種を蒔いているわけだ。そして種を蒔けば蒔くほど、収穫の確立は増える。結果、自らの資産も増える。……という打算に満ちた優しさ。自分本位な救済。
……俺は結構それを有りだと考えている。
だって、思いはどうあれ、それで救われる人は意外とたくさんいる。些細なことで、誰かは意外と救われるものだ。そんな些細の繰り返しで、自分すら豊かになれるのなら、それはとても素敵なことなんじゃないかと思う。
……まぁ、それを実践するのはなかなか難しいんだけどな。可能な限りはそれに近づきたいもんだ。
……さて。
俺の思い描く賢者像と、実在する賢者様とではどのような差異があるのか。
俺は少しだけ期待していた。
……期待してしまっていたんだ、愚かながら。
――
ツバサ一行が、賢者の住む郷――通称〈砂礫の忘れ郷〉を目指し旅立とうとしていた頃。
同じく勇者一行もその道の途上にいた。
八本の節足を持つ巨大なクモが奇声を上げながら猛然と奔り出した。
その疾走の先には、一人の少年がいる。
少年は目尻に涙を浮かべながら手足を震わせている。
視線はその巨大な相手を睨み付けてはいるものの、心に色濃く映った恐怖心は隠しおおせるようなものではなかった。
巨大な脚を大きく広げ、威嚇するようにして、クモはその身体を持ち上げた。――誰もが想像するように、その二秒後には叩き落とされた前脚に潰されて、少年は絶命するのだと、少年自身でさえそう考えていた。
しかし、実際にはそうならなかった。
「レイ坊には、まだ早過ぎたんじゃねーのッ!?」
撥ね飛ばされた前脚。それが目の前の男の持つ大剣によって切り落とされたのだと、少年が気づくには若干の時間が必要だった。
「……そう言うものではありませんわ、ジェラルドさん。アシュレイくんはしっかり役目を果たしてくれています」
大剣の男とは反対側から現れたのは短剣を持った美女だった。
スリットの大きく入ったカクテルドレスからは褐色の肌が露出している。
彼女が放ったと思われる風魔法がクモの巨体に無数の傷をつけている。
「ロサーナ姐さんは甘過ぎじゃねー?」
男は、大剣を肩当ての上に乗せるとわざとらしく顔をしかめている。
と、そこへ体勢を立て直したクモが再び跳躍をしようと身体を折りたたみ――。
「……ジェラルド、迂闊すぎ。……さっさと死んで」
その巨体を再び跳躍させることもなく、クモは大きくのけぞった。
マントと帽子に身を包んだ少女が、その身に似合わぬ大弓を構えて、立っていた。
放たれた矢が、クモの胴体を捉えていたのだ。
「……おいおい。今の「死んで」はクモのこと? それとも俺のこと?」
「もちろん両方」
「かー! まったく、相変わらずキャシーちゃんは辛辣過ぎねー?」
「……無駄話は、戦いを終わらせてからだ」
会話に割り込んだのは、また別の人物だ。
舞い降りると同時に一太刀でクモを切り伏せる。そしてクモはそのまま霧となって消滅した。
空高くから太陽を背に降り立ったのは、まだ年若い青年。年は二十に届くかどうか、といったところ。
しかし、鎧は使い込まれていて、その立ち姿には一分の隙もない。勇敢な戦士がそこにいた。
いや――、戦士というのは少し語弊があるだろうか。なぜなら、彼こそが勇者と名高い一族の末裔――。
勇者アルスその人なのだから。
草原は徐々に枯れ始め、丸裸の大地が一面に広がっている。
よく見れば、一部には草木が残ってはいるようだが、随分と寒々しい光景が続いている。
荒野を進むのは勇者たち五人組。
先頭を行くのは大剣士、ジェラルド。どこかふてぶてしい様子を隠しきれない男で、実際の性格も見た目通り粗暴だ。しかし、情に篤く義理堅い性格のため、友好関係は存外に広い。
その隣にはジェラルドにちょっかいを出されている少年、アシュレイ。彼はこの中では参謀役を担っていて、戦闘では主に術による援護を担当している。
その脇を歩いているのは妙齢の美女、ロサーナ。褐色の肌と抜群のプロポーションを誇る術士で、短剣の心得もある。このメンバーの中で唯一最近加入した人物でもある。
その後ろには大弓使いのキャシー。口数は少なく、開けば飛び出すのは毒舌という、対人関係においてはこれ以上ない不器用さを誇る。だが、その腕前は非常に高く、幼い頃より勇者と親交があったこともあり、今ではパーティの一員として活躍している。
そして、しんがりを歩く青年こそが勇者、アルス。圧倒的な剣術と魔術、そしてその人当たりの良さから王国からの信頼も厚い。しかし、少々真面目すぎる所為か、はたまた鈍い所為か、華やかな噂は立つことがない。
一行は穏やかなムードのまま、先へと進む。
「……にしても、なっさけねーザマだったなぁ、レイ坊。もっと男らしくしゃんとしろってんだよ!」
「僕はこれでいいんですよ! ジェラルドさんみたく脳筋体質にはなりたくないですから」
「……ほっほー! いいのかよ? ぼそり……(キャシーちゃんにいいとこ見せなくていいのかよ?)」
「なッ……なな、(……何を言っているんですか? ここで彼女の話は関係ないでしょう。今は僕の話をしていたのでしょう?)」
「いやぁ~、べっつに~。ただ、あんな情けない姿晒して、嫌われてないといいけどなぁ~」
「む、むぐぐぅ~」
言いくるめられ、顔を赤く染めるアシュレイだったが、ちらりと視線を動かして様子を探っていた。
その視線の先には、弓使いキャシーがそっぽを向いている。……聞かれてはいないらしかった。
ほっと息を吐いたアシュレイに、ジェラルドが意地の悪いニヤケ顔を見せる。
「なぁなぁ、キャシーちゃんよー。さっきのレイ坊の情けない顔ったらなかったぜ。ほんっと笑えたよなぁ?」
「……気安く話し掛けないで煩い。……あと、死んで」
「辛辣に過ぎるッ! っべーわ! マジ、っべーわキャシーちゃん!」
キャシーの眉間に皺が寄るのが見えたのでアシュレイは一歩離れた。……同時にロサーナ、アルスも離れていた。残されたのはジェラルドだけだ。
ジェラルドが躊躇なく脚を踏み出した。それは油断しきった、隙だらけの所作だった。
そこへ。キャシーの連撃が繰り出される。
まず、その足を踏みつけ、すかさずもう片方の足で蹴り上げ、膝がジェラルドの煩い顎に炸裂する。そこから首へ足を引っかけて押し倒す。
地面へ倒れたジェラルドの眉間には突きつけられた暗器の針があった。
「……さっさと死んで」
「……すみませんでした」
一行はそんな殺陣が行われようとも、さほど気に掛けた様子はない。
何故なら、ここまでは割といつも通りのやりとりだからだ。
一段落の気配を感じたのか、アルスがそこでキャシーの肩を叩いた。
「さぁ、もういいだろう。賢者の住む家はこの辺りだろう。手分けして探すぞ」
「……分かった」
「……了解。……ちったぁ心配してくれてもいいんじゃねーのかよ、アルスぅ~?」
「自業自得だろ、バカ」
「……ちぇ」
第五羽【王都到着】②
〈隠れ郷〉と称されるだけあって、そこにあった家屋は一軒ではなかった。
忘れ去られたかのように朽ち果てた家が、大木の影から出現し、中には当たり前のように人が住んでいた。
そしてそんな家が、一軒、二軒と何戸も見つかった。洞窟の中にも住んでいる人が居て、アルスたちは随分と戸惑うのだった。
「さすがは隠れ郷だな……。居住性よりかは隠密性を重視しているのかもしれない」
「一体、何から隠れてんだ……?」
「……そもそもこんな辺鄙なところで隠れる意味なんてあるんでしょうか……?」
「まるで……何かを恐れているかのようですわ」
話し合う四人だったが、相変わらずキャシーはというと、聞き流しているだけで会話には参加してこない。
時折、ふーん……とか相槌を打つくらいだ。
「それに守秘義務も徹底されてるようですしね……。詮索しないからか、誰も他の住人のことを詳しく知らないみたいですし……」
「ですが、賢者様なのでしょう? それでしたら、一番賢そうな方を探せば、辿り着けそうではありませんか?」
「……他に案もないし、ロサーナの案で行くとしよう。それでいいな、皆?」
キャシーを含む全員が頷いたので、一行の行動はすぐに決まった。
聞き込みを始めると、住人たちはこぞって一つの家を指し示した。なんでも、少し頭のおかしな若者が住んでいるという。その若者は未来や真実を見通す魔法の眼を宿しているかのように、物事をぴたりと言い当てることがあるというのだ。
賢者がいるとすれば、この男が一番それに近いだろう。
そうして、賢者と思しき男の住む家を特定することに成功したのだった。
生唾を飲み下し、アルスは扉を叩く。
開かれた扉からは、金色の髪をグシャグシャに伸ばし散らした汚らしい男が顔を覗かせていた。
「遠路はるばるご苦労様。……せっかくだし、お茶でも飲むかい……?」
蚊の鳴くような掠れた声で、男はそう問い掛けてきた。
ぞろぞろと小屋に入ったアルス一行は、案内されたテーブルに腰を落ち着ける。
座席はちょうど五人分。他の部屋から椅子を持ってきた男がそのままそこに座った。
「お茶は何がいいかな。リーティス茶なんかお勧めだけど」
「……ノースフィーレンはございます?」
「随分とお高いものをご所望だねぇ。……あるけど。皆それで構わないかな」
「……何でも構わない」
「そっか……。了解了解」
再び立ち上がった男はふんふん……と鼻歌を響かせながら茶を注いでいる。
手際に関しては、随分と手慣れているように思う。
来客が多いとは考えにくいのだが……。
「……よし、できた。……さて。答えは決まっているけれど、一応話は聞かせて貰うよ。……わざわざこんな辺鄙なところへやって来たんだ。ただの観光じゃあないんだろ……?」
「そこまで分かっているなら話が早い。貴方を賢者と見込んだうえで頼みがある。僕らは魔王を打倒したいんだ。だが、今はまだ戦力も情報も足りない。だから貴方の知恵をお借りしたい」
頭を下げたアルスを見つめたまま、男はノースフィーレン茶を注いだカップをゆっくりと飲み干した。
アルスたち一行は固唾を呑んでその光景を見守るしかない。
コト……、とカップを置くと、男は口を開いた。
「……さて、まずは誤解がないように、自己紹介からしておこうか。君たちの名前はさっき聞いた通りだね。アルス、ジェラルド、ロサーナ、アシュレイ、キャシー……だったね。僕の名前はルキウス。ご存じの通り、賢者の知識を受け継ぐ者だ。僕は師匠から知識を授かり、それを正しく受け継いでいくことを誓っている。僕はそれに抗わないし、抗えない。僕ら賢者はそういう生き物であって、それでしかない。それ以上の働きはできないし、応えられない。まずはそこを把握しておいて欲しい。……というのが前振りだ」
そこまで一気に喋ると、ルキウスは再びカップにお茶を注いだ。カップから豊満な湯気と芳香が漂い始める。
「まずは、魔王……とやらの話から聞こうか。僕はこんなところに住んでいるものでね、いかんせん、世事に疎いんだ。少し伺ってもいいかな」
「ああ、もちろんだ」
アルスは、知る限りの情報を渡した。……と言っても、その情報量は多いとは言えない。アルスも現場に赴いて情報を手に入れたわけではないからだ。あくまで聞き及んだだけの知識でしかない。
ルキウスは質問を挟んだりせず、しきりに頷きながらその話を聞いていた。
一通り語り終えると、ルキウスは一つ溜息をついた。それは諦めたようにもうんざりしたようにも感じられるものだ。
「……聞く限りだと、頭が良いのか悪いのか、良く分からないね。ただ破壊活動を行うのが目的だったらもっと効率的な方法があるはずだし、かといって無駄な破壊がないなんてこともない。……はっきり言って情報不足だねぇ。これだけじゃあ何とも言えないよ」
「共に来てもらうことはできないだろうか。そのほうが情報も得やすいだろうし、すぐに行動にも移せるのだが……」
それは正しい判断だったはずだ。アルスの意見は的を射ている。だが、不幸なことにルキウスは、ただ利口なだけの賢者ではなかった。
「……え、イヤだよ。メンドクサイし。僕は知識を受け継いで、その知識から正しく判断することが使命なわけだけど。それは別に、世界を救うことが使命だとか、そんな話をしているわけじゃないんだよ? むしろ僕はそんな大それたことはしたくないんだ。人間、中庸が一番だからね。特別になんてなりたくないのさ。それとも特別な勇者様には理解できない感情だったかな?」
「な……ッ!? 国が一つ滅んでいるんだぞ! このまま放っておけばどれだけの犠牲者が出ることか分からないんだ!」
「相手が本当に馬鹿でなければ、経済を破綻させるような大打撃は行わないはずだよ。それで世界が滅ぶことはない。そこまでは断言できることだよ。まぁ、魔族との割合は変わるだろうし、人間族そのものに対する打撃という意味なら少なからず有り得るだろうけど、まぁそれも些細な話さ。そしてもし仮にそういった経済的な打撃すら考え及ばないような相手なら、経済戦に持ち込めば勝機はいくらでもあるだろう? 内政の得意なヤツらを集めればことはすぐに解決する。いずれにせよ、僕の出る幕はないよ」
その言葉に、勇者は憤りを隠せなかった。
ドン、とテーブルを叩いて、感情のままに立ち上がる。
「貴方はこのまま座して見ていろと言うのか! 多くの人が死に、皆が悲しみに打ちひしがれているというのに……。僕はそんなもの、耐えられない!」
「……ふ~ん。……まぁ、蛮勇も勇気には違いないか……。なるほど、君の思いは伝わったよ。だから落ち着いて」
促されるままに、アルスは席に着いた。ただし、少しだけ気まずそうに咳払いをしながら。
「……ただ、情報が少ないというのは間違いのないことだ。だから君には情報収集をお願いしたい。僕は訳あってここを動くわけにはいかないからね。そうだ、これを持っていって欲しい」
そう言って差し出されたのは、ガラス玉のような透明な玉だった。
「それが僕の目となり耳となる。必要があればこちらから連絡を入れるから、君たちはそのまま旅を続けて欲しい。ああ、行き先か……。そうだね……、まずは魔王がいるという国の近くまで行ってもらえるかな。そこの話が聞いてみたい」
そうして、勇者たちと言葉を交わしたあと、賢者は窓から去って行く彼らを見送っていた。
「ようやく帰ったか……。まったく、面倒なことだよ」
そのままベッドに横になり、布団を被る。
「さて、体良く追い返せたことだし、あとは知~らないっと」
大事そうにガラス玉をしまった勇者たちは、賢者の放つそんな言葉を聞いているわけもなかったのだった。
第五羽【王都到着】③
今まで散々ファンタジーだなと思ってはいたけれど、今回改めてそれを思い知らされた気分だ。
ああ、まったく。ファンファンしてやがるぜ、ホントに。
俺は木陰に隠れながらそんなふうに思うのだった。
すぐ傍には菊花とアリシアもいる。こいつらならそれほど遅れはとらないだろうが、油断こそ最大の敵と知っているからだろう。その顔には慢心や驕りは一切窺えない。鋭い眼差しだけを宿している。
そして、もう一度視線を木陰の向こうへやる。すると……。
ケタケタ……、と不気味な音を立てて剣と鎧で武装した骸骨が徘徊している。
〈ボーンナイト〉。初めて見る外見の魔物だ。
見た目はかなり不気味で気色悪いが、動きは緩慢で大したことなさそうに見えなくもない。
問題なのは、数だな……。
三体から四体くらいの一団が、ここから見えるだけでも四組ほどいる。……合わせて大体十五体前後。
各個撃破なら、菊花とアリシアで十分対処できるだろうが、同時に囲まれたらさすがにちょっと不安が残る。
大丈夫かもしれないが、大丈夫じゃないかもしれない。そんな状況で突っ込むようなバカは、この面子の中にはいない。
だから、俺たちは息を殺して周囲を窺っていたというわけだ。
「……どうする?」
「ここはやり過ごすしかないんじゃないでしょうか……」
「私もそれに賛成だな。守りながらの戦いとなれば、私には少し荷が重い……」
なにそれ。一人なら勝てるって訳ですかい。とんでもねーな。
俺ってば完全にお荷物じゃん。
「……ヤツらはそれほど知能の高い魔物ではないのだが、若干の知能は有しているらしい。それ故に隊を組み、纏まっての戦いを行う。少々厄介な手合いなのだ。犠牲を覚悟しなければ少数で戦いを挑むべきではない。……なんとか木陰から抜けるしかあるまい」
「……それしかなさそうですね。くれぐれも気をつけてくださいね、ツバサ様」
「ああ、気をつけてくれよ。私にも庇える範囲というものがあるんだからな」
「……なんでそんなに念を押すんだ?」
「それは自分の胸に訊いてください」
なんか扱いが酷くなってきたな。まぁ今更なんだけど。
とにもかくにも、俺だって命を棒に振るような趣味はない。言うことは聞かせてもらいますよ。へいへい。
そろりそろり……、と先行く菊花とアリシアに付き従い、木陰の獣道を進む。
視線に映るのはアリシアの鎧姿からでも、ありありと見受けられる大きな臀部。つまりはお尻だ。
ンだァ、その逃げ腰は。愉快にケツ振りやがって誘ってンのかァ!?
……なんて思っていると。飛び出した枝に足が引っ掛かってグラリ……。
よろめいた俺は、そのままアリシアのお尻に縋り付いてしまう。
「きゃッ!?」
意外と可愛らしい悲鳴だ。それにしても、鎧越しでも魅力的なお尻じゃないか。性欲を持て余す……ってそんな事態ではなく。
目に映るのは顔を真っ赤に染めたアリシアと、殺意の波動に目覚めた菊花さん。
……わ、わざとじゃないよ。てへぺろ。
しかし、矛先は俺へは向かなかった。何故なら、何度も言うように今はそれどころではないからだ。
アリシアの悲鳴を聞きつけたらしい一団が俺たちを探りに来ていた。
「……ツバサ様、あとで覚えていてくださいね」
「……何度も何度も、許さないからな……うぅ……」
俺は苦笑いで頷くしかできなかった。
……幸い、追ってきたのは一団だけだったので、どうにか仕留めることに成功した。
動きはやはり大したことはなかったんだが、武装している点が少々厄介だった。鎧を攻撃しても決定打にはならないからな。
骨を狙えばすぐに斬れてしまったし、部分欠損した敵は手数も減り、正直一体一体を見れば大した敵ではなかった。
しかし、複数でチームを組んでいるというのがこの敵の一番厄介なところだった。菊花とアリシアが優秀だったお陰で事なきを得たが、もしこちらのチームプレイがなければ向こうのフットワークを妨害できずに囲まれていた可能性だってゼロじゃなかった。
人間は多角的な攻撃にはあまり対応できないものだ。だからこそ挟撃というのは賢い戦術なのだが、それは敵に使われても恐ろしい戦術である。
そんな当たり前の事実を俺は思い知った心地だった。
「……しかし、少し妙だな。ヤツら、最初から警戒しすぎではないか……?」
「何か、あったんでしょうか……」
「……誰かが警戒網に侵入したとかじゃないのか? ……たとえば例の勇者様とかさ」
「……そう考えるのが妥当だろうな。……となればもしかしたら近くにいるのか? ……アルス様……」
まぁ、まさしくその通りだったわけだがな。
そのまま少し進んだところで、鉄と鉄のぶつかり合うような、いわゆる剣戟の音が聞こえたんだ。
俺たちは周囲を警戒しながらも、そこを目指して走り続けた。そして……。
感動の再会と、宿命の邂逅を果たしたのだった。
第五羽【王都到着】④
――それから、数十分後。
俺はフルボッコにされていた。
話が飛びすぎだろうか。しかし、事実なのだから仕方ない。
この世界にやって来て、似たような痛みは何度か味わっているはずだった。
それでも、やはり慣れないものだ。慣れたくもないけれど。
それに、痛い理由はそれだけではないだろう。
相手が自分より遙かに格上だからと言うのもある。
……だが、それ以上に。
メンタル的な理由で、俺は痛みを感じていた。
「……冒険者殿。これ以上続けても無駄だ。勝敗は決して、変わりはしない」
勇者は諭すようにそう告げた。
偉そうに、生意気に、容赦なく、事実を告げる。
分かりきった真実を述べている。
そう――、敵うはずがない。及ぶべくもない。望むことすら不遜でしかない。
それでも俺は、手を伸ばしたんだ。届きそうになくたって、俺は掴もうと手を伸ばした。
輝かしい光明に、眩い栄光に、俺はその手を伸ばした。
それが、届かなかった。ただそれだけのこと。
それだけのことが、俺の胸を打ち据えるようだった。
――俺は、こんなにも弱い。
知ってた。分かってたよ。そんなこと……。
今更突きつけなくたって理解しているんだって。
覚悟だってしていたんだ。
……なのに、悔しい。悔しくて涙が出る。
怨嗟の念が胸を焦がす。締め付けられる。
苦しくて、悔しくて、俺はただ声を漏らす。
「ちくしょう……」
ぼやける視界に、敵が見える。そうだ、こいつは敵だ。紛うことなく敵なんだ。
そんな風に思いながら、俺は目前の勇者を睨み付けながら、前に倒れ伏した。
――何が攻略者だ。
――何がツバサだ。
――何が翼龍だ。
――俺は、こんなにも弱い……。
俺は呪うように、相手を睨んだ。
睨んで、睨んで、……そのまま、意識は深淵へと誘われた。
俺の名を呼ぶ声が、どこかから聞こえた気がした。
……宵闇に揺蕩う意識の中、俺は勇者との邂逅を思い返していた。
どうして俺は、こんなふうにアイツを憎んでいるんだろうな。
殴りに行こうとは約束したけれど、そんなのはノリだけの口約束だったはずだ。
いつからそれが本気になった?
思い出してみよう。
……そうだ。俺はあの時……。
始めに勇者たちを見掛けたとき、彼らは交戦中だった。
敵は言うまでもなく、ボーンナイト。警戒網に引っ掛かったのはやはり勇者たちだったのだ。
遠目に見て、その連携は洗練されていたように見える。
もっとも、素人目に見ての判断だから、実際はどうなのかは知らんが、それでも勇者たちが押しているのは間違いなく一目瞭然だったし、士気も高いように感じられた。
その予測は間違っていなかったようで、俺たちが追いつくまでに、戦闘は終結していた。
そこにズカズカと踏み込んだのは、アリシアだった。
「覚悟しろ、勇者め! 私を謀った罪、後悔させてくれるッ!」
相変わらず格好良すぎる騎士様だった。惚れてまうやろ。
「アリシア……ッ!?」
勇者はというと、驚いた顔を見せたが、一瞬綻びかけた顔を戻して、無表情に戻った。……なんだこの野郎、喜んでやれよ。アリシアは何の為にこんな一生懸命なんだと思ってるんだ! お前の為だろうが!
「……良かったな。もう『次』が見つかったんだな。今度はそいつと宜しくやってくれ。……こちらの面子はもう決まっているからな」
その発言にアリシアが……。言葉を失っている。
駄目だこいつ……。早くなんとかしないと……。
今のアリシアにそんな言葉を聞かせられない。コイツ、アリシアの気持ちを何だと思ってやがるんだ……ッ!
アリシアは『お前』の助けになりたいんだぞ。『お前』の傍にいたいんだぞ。それなのに、『次』だと? こちらの面子は決まっているだと……?
「……ふざけろ」
思わず瀬戸一貴ふうにキレてしまったけど、それもやむなしだ。
コイツは許さない。許すわけにはいかない。
人の心を、何だと思ってやがるんだ……ッ!
「君、何か言ったかな……?」
勇者がハンサムな顔をこちらに向けて、そんなふうに宣っていた。
「……お前は勇者の器なんかじゃない」
「何……?」
「……ょうぶしろ……」
「え、なんだって……?」
そんなはがないの名台詞でごまかせると思うなよ。
俺は今、最ッ高にムカついているんだ。
人の思いを踏みにじるってことは、ある意味人を殺すよりも残酷なことだってあるんだ。
お前にそれだけの覚悟があるのか……? それがどういう裏切りなのか、理解できているのか……?
分かってないなら分からせてやる。……この命に代えても。
俺には、曲げられない信念がある。ナルトの忍道と同じくらいに、曲げられない信念がある。
その為ならば、命だって惜しくはない。
「アリシアを賭けて勝負をしろッ! 決闘だァッッ!!」
思いの丈を詰め込んで、叫ぶ。魂をそのものを、放出する。
そんな意気込みで、俺は戦いに挑む。
「おいおい、生意気なルーキーだな。コイツが勇者と知っての狼藉かァ?」
「……このような者の話を聞く必要はありませんわ。大体、以前も申し上げたはずです。あの女は足手まといにしかなりませんと……」
「……悪いが、皆は下がってくれないか……。これは、俺の戦いだ」
「……ナンセンス」
「……こんなことをしている時間はないんですけどねぇ……」
挑発的な男。喧しい女。俺の誘いを受けるつもりらしい勇者。呆れた様子の少女。困ったように肩を落とす少年。
五者五様な反応だが、外野は正直どうでもいい。
俺が用があるのは、お前だよ、勇者。
「一〇分だ。それ以内に僕から一本取れたら勝利は譲ろう」
「……百本だって取ってやるよ」
「……どうぞ。……できるものならね……ッ!」
勇者の一撃は、重かった。
痛いし、一撃一撃が、必殺の領域だ。それを、無造作に振るう剣だけで放てるというのだから、なるほど化物だ。
もはや同じ人という領域に捉えることが馬鹿らしくすらある。……これが勇者か。
あれだけ啖呵きっておいて、情けねえ。
一本どころか触れることすらできなかった。
俺は襲い掛かる度に剣の横腹で殴りつけられ、その度に意識は飛びかけ、ダメージはすぐに足にも来ていた。
ふらつく足と、視界。混濁する意識。
それでも、譲れない。譲るわけにはいかない。
アイツの痛みを、少しでも勇者に与えてやらなきゃいけないのに……。
勇者に、思い知らせてやらなきゃいけないのに……。
俺は、やがて立ち上がることすらできなくなった。
そうして、俺の意識は途絶え、今に繋がるわけだ。
さて……。意識があるってことは、生きてるってことかな……?
どれ、まず右手は動くかな……?
「あ、動いた!」
……ってFF7のエアリスとの再会シーンを再現してるばあいじゃねーだろ。あとさっきからマニアックなパロディしすぎだろjk。
そして、顔を上げればそこには騎士様と従者がいる。俺の仲間になった大切な二人がいる。
……泣きそうな顔しやがって。泣きたいのはこっちだっつの。
「……馬鹿者。誰がそんなになるまで戦えと言った……」
「……さてね。天のお告げとかじゃねーかな」
「……バカ」
仰向けに倒れたままの俺を膝枕で支えたアリシアが、眩しそうに眼を細めている。その横では慈しむような天使の表情の菊花。
雨のように降りかかる雫が、日の光を反射して、やたらと綺麗に思えたのだった。
第五羽【王都到着】⑤
「ここが賢者の住む家か……」
俺たちは勇者と戦った後、とりあえずの応急処置を済ませて、そのまま賢者宅を訪れていた。
場所は、普通に探せばそれこそ日が暮れてしまいそうなくらい分かりづらい場所だったが、勇者一行のキャシーという女の子が教えてくれたらしい。
らしいというのは、俺が目を覚ましたときにはもう何処にもいなかったからだ。いたのは俺の仲間二人……、と役に立たないウサギが一匹(一羽?)だけ。
キャシーとかいう少女は、……正直読めないな……。口数も少なかったし、表情も希薄だった。……クール系なのかな。あるいはマイペース系? ……まぁ、仲間にならない人間の性格分析をしても埒があかないことだし、駒を進めることとしよう。
俺は緊張に背筋を伸ばしながら、扉をノック……しようとして頭を打ち付けてしまった。
……だってさ、まさか突然開くとは思わないだろ、普通。
「ああ、ゴメン。わざとだよ」
「なんだ、わざとか。それなら仕方ないな……、ってなんでじゃい!」
思わずノリツッコミが冴え渡る。今日から俺はノリツッコミのツバサと呼んでくれないか。
「あははは……、面白いね君。……お客さんかい?」
「……まさかアンタが賢者サマだとか言うんじゃあるまいな」
「違う……、って言えばお役御免になれそうなんだけど、それは僕の矜持が許さないから、しょうがないことだし白状するよ。僕が賢者の知を継ぐ者、ルキウスだ。ルッキーとでも呼んでよ」
「誰が呼ぶか」
第一印象から最悪だ。やっぱり変人だったよ。自分から呼び名を指定するヤツに碌なヤツはいない。……やれやれ、まともに会話もできそうにないよ。早速帰りたくなってきたよ……。
「ツバサ様、こんなところでめげないでください。せっかくここまで来たんですから」
「分かってるが、しかし……。超絶メンドイぞ、コイツ……」
本来ならある程度ご機嫌を窺う心積もりはあったんだが、そんな「お・も・て・な・し」の精神は脆くも崩れ去った。儚いもんだな……。
「だが、勇者たちに後れを取るわけにはいかん。なんとしても手がかりを得なければ……」
「勇者……? ああ、さっき向こうで戦ってたのは君たちだね?」
「だったら、何なんだよ……?」
「ふふ、いやぁ面白いものを見せてもらったなぁと思って」
やっぱりコイツ最悪だ……。どうにか会話を打ち切ろう。そしてさっさと帰ろう。それがいい。
「お礼と言っちゃあなんだけど、お茶でも飲むかい……? 良い茶葉があるんだ。リーティス茶って茶葉なんだけど……」
……何とも断りづらい単語が出てきやがった。わざとなのか偶然なのかは察しづらいが……、わざとって訳はないだろう。そんなもの読みようがないはずだ。
あの爺さんには世話になったからな。装備も所持金の範囲で一番良い物をもらったし、イーノックじゃないが、お陰で道中は「大丈夫だ、問題ない」といったところだった。
「……一杯だけな」
まんまと食わされた気がするのが癪なんだが……。まぁ仕方ないか……。
家の中は、なんというか質素だ。賢者の自宅らしくない気がする。本とかそういうアイテムが見当たらないからだろう。……というか、目の前の売れない芸術家みたいな冴えない男が賢者だなどとは思えない。
証明、できるのかな。たとえば、賢者でしか答えられないような難しい質問をして、それに上手く答えられたらコイツは本物だ。
物は試しか……。
「……なぁ。せっかくだから熟練度システムについて少し訊いてみたいんだが、いいか?」
俺がそう問うと、ルキウスは一瞬こっちを振り返った。が、表情を窺う前に顔を戻してしまう。……何なんだ?
「いや……、ふふふ。つい、ね。面白い質問をするなぁ。ツバサ君、僕は君が気に入ったよ。……熟練度と呼ばれるシステム、機構、概念……。それについて、君はどういう解に至ったんだい?」
ルキウスは椅子を引いてそこに腰掛けた。手には4つのカップが。俺たちはそれぞれに礼を言いながらカップを受け取った。
「熟練度の入り方が一定じゃない理由だ。慣れると一時的に向上しやすくなるが、途中からその上昇幅は小さくなる。他のやり方を試すと、また一時的に上がり、しばらくすると頭打ちになる。……まるで、適正値でもあるかのような……」
「ふふ、ふっははははは……!」
ルキウスは唐突に笑い始めた。……ホント、何なんだコイツ。
「いや、面白くってね……。そう、まさしく適正値があるんだよ。これこそが重要でね……」
ルキウスは胸元から眼鏡を取り出した。そうだよな、賢者と言えば眼鏡だよな。……で、何故このタイミングで?
そして眼鏡を掛けた途端、間延びしたような人当たりの良い声から、冷たい無機質な声へとルキウスの声音が変わっていた。
「熟練度とは、その力量や経験を数値化したステータスであり、いわば能力値だ。だが、それと同時にもう一つ数値化されないステータスが存在している。それこそが適正値と呼ばれるものだ。いいかい、ただ熟練度が高いだけでも、それだけで能力の上下が決定されるわけではない。単純な力比べでもそうだ。コツや感覚を上手く把握した人間は、パラメータだけ高い人間よりも高い能力を発揮できる。そして、ほんの少しの経験だけで高い熟練度を会得できる。これは即ち、適正値と呼ばれるものが存在していて、元来のステータスは熟練度よりもそちらにこそ強く影響されるというわけだ。そして、熟練度は後から付いてくるだけなんだ」
それはまさしく熟練度システムの裏側。あるいはその本質だ。
表面に載っている熟練度以外にも影響を与える数値が存在している。熟練度はそれをなぞるだけのシステムでしかない……?
「そして、熟練度の表示には、本人の自覚が条件として存在している。意図しないで繰り返している動作はステータス画面には表示すらされないんだ。たとえば呼吸。吸い方、吐き方にもいろいろあるだろう。呼吸法とかそんな技術だって世の中にはいっぱいある。けれど、それを意識する人は少ない。だからその表示がある人はほとんどいない。けれど、自覚さえすればだれにでも会得できる技能なんだ。そして、簡単に適正値までの向上が図れる」
「その適正値こそが、コツや才能とかそういったものを指している……ってことか……」
「……そうなるね」
菊花とアリシアはぽかんとしている。……この辺は中二慣れとゲーム慣れが必要なトークだからな。ついてこれなくても恥ではないだろう。
これで、謎が一つ解けたな。菊花と俺で熟練度の伸びが違う理由。それは菊花の内部的な適正値がすでに俺よりも高かったからだ。
だから、差が出るのは当然だった。
「厳密に言うなら、それはコツとか才能とか、それだけのものでもないんだよ。想いだって作用している。いわば、意思の力だね。強い気持ちで挑んだほうがなんだって結果は良くなるものだろう? それは適正値に影響が出るからだよ。……とにかくそういった様々な要因が影響して適正値を形作っているんだ。……勉強になったかな?」
「……そうだな」
……というか、この眼鏡状態こそがこいつの本気なのだろうか。目つきも鋭いし、雰囲気も全然違う。なんとなく恐れ多いような、萎縮してしまう心地がする。
賢者モード……、っていうと全然意味が変わっちゃうけどさ。
……あるいは眼鏡になんか変な仕掛けでも仕込んでるんだろうか。はっはー、トリックだーッ!(野太い声で) ……みたいな。
しかし、賢者は眼鏡を少しズラすと、再びあの間延びした喋り方に戻った。忙しいやっちゃな。
「ふぅ……。やっぱりコレ、疲れるなぁ。用件があるなら早めにしてね。僕、あんまり頭を働かせたくないんだよ。コレを付けるとすぐにお腹が減って大変なんだ」
……どうやらそれなりにチートアイテムらしい。ただの眼鏡だと思うんだけどな。あるいは自己暗示に近い何かなのかもしれないが……。
まぁ、せっかくやる気になってくれてるんだ。訊くなら今がチャンスだろう。
「魔王について聞きたい。何か知ってないか……?」
「ぐぅ……」
寝やがった……ッ!
どれだけ早めなら間にあったってんだよ! クソッタレ!
俺たちは顔を見合わせると、それぞれに呆れ果てた顔になった。
第五羽【王都到着】⑥
魔法というシステムは、熟練度ほどはまだ理解できていない。いまだその謎は解明できていない。
俺や菊花もまだこの世界の事情を深くは把握していないし、アリシアもあまり得意ではないということで、置きっ放しのままになっているというわけだ。
その魔法の痕跡が、今俺の掌の上でキラキラと輝いている。
……それは見たところただのビー玉にしか見えないんだが……。
しかし、されど、これは賢者ルキウスが俺に渡した魔法の石で意思の伝達を行える代物だとかなんとか。
眠りこけた賢者の首根っこを掴んで揺すり(強請りはしてないと思う)、どうにか口約束させた成果である。
なんでも、これがあればこちらの言動を窺うことができ、意思伝達も行えるという話だ。
……プライバシーの欠片もない魔法具だよな……。
「しかし、このような高度かつ複雑な魔法はかなり繊細な調整が必要だと聞く。ルキウス殿以外には恐らく使い手はいるまい」
なんてアリシアは言うが、そんな有能そうな相手には見えないが、そういうもんなんだろうか。世の中不平等だよな。
さっき寝たんだから連絡はしばらく来ないだろうけど……。
アイツからの連絡を待って、とりあえずは近場の宿まで向かうとするか。
すっかり日は暮れてしまっていたが、王都へ到着した。
大きめの宿は軒並み部屋が埋まっていたけれど、こじんまりとした冴えない宿が空いていたので、今夜はそこに厄介になった。
菊花は部屋でシロの毛繕いをしていて、シロはそれを気持ちよさそうに受け入れている。……たびたび、うっとりしたような声を上げていて、なんかムカつくな。
アリシアはというと、冴え渡る女子力を発揮して、階下の竈を借りて料理を作っている。ちなみに、宿には当たり前のように竈を貸し出すサービスが提供してあるらしく、大概そこで夕飯を作るらしい。まぁ、実在の宿のシステムとどこがどう違うのか聞かれると、よく知らないから困るわけだが……。
まぁ便利だし、それでいいか。アリシアがいればご飯には困らないので、遠慮なく有り付くとしよう。アリシアだけに、な。
アリシアが抱えて部屋に持ち込んできたのは、ハンバーグだな。俺の知ってる料理で良かった。
疲れた身体に肉料理は美味い。アリシアの調理は絶品だ。絶品ハンバーグだな。……今度チーズバーガーでも作ってもらおう。
……などと思いながらもしゃもしゃと平らげていると、机に置いといた袋が煌めいている。……件のビー玉が燐光を発しているようだ。
……着信臭いな。しかしこれ、どうやって受信したら良いんだ……? おっかなびっくりビー玉に触れてみる。すると……
ぼふん! と音がして、ビー玉がニワトリになった。んなアホな。
親方、空から女の子が……! って言ったって信じてもらえない世の中だ。ビー玉がニワトリに……! なんて言っても誰も信じてくれないだろうな。
「やぁやぁ、おはよう! 良い夢見れたかな?」
「寝てね―よ。むしろこれから寝るんだ。誰も彼もが昼間から寝てると思ってんじゃねえ」
「まぁまぁツバサ様、落ち着きましょ?」
落ち着いていられるか。ビー玉がニワトリになって、そのうえ喋ってんだぞ? これが賢者の繊細は魔法とやらなのかね。反吐が出る。
菊花が宥めてくれるが、それにしても腹立つニワトリだな。顔がアイツそっくりでムカつく。焼いて食うぞコラ。
「あはは、残念だったね。このトリは実体を持たないからね。害しようとしても無駄なのさ、ははははは!」
無駄無駄無駄ァ! ってヤツか。超ウゼェ。
「……そんなことより、何か用件があったのではないのか、ルキウス殿?」
「ん……? ああ、そっか。忘れるところだったよ。君たちと話すと楽しいからついつい脇道に逸れてしまうんだ。でも、それも悪くないと感じている自分がいるのも確かなんだけどね」
心底どうでもいいな。こいつに楽しまれても腹が立つだけだ。とっとと用件だけ話せっての。
「やだなぁ、そんなに睨まなくたってすぐに済ませるさ。生憎と長時間実体化させられないからね……。えっと、覚えているかな。勇者一行の中に、褐色の肌の女性がいたと思うんだけど……」
「ああ、あの美女か……。顔は綺麗だったけど、性格はちょっと悪そうだったな。アリシアを邪魔者みたいに言ってたし……」
「うん。どこか作為的というのかな……。違和感が拭いきれないんだよね。そんな相手に勇者一行がついて行ってるって状態がちょっと良くないかも……」
「うん……? ついて行ってる? リーダーは勇者なんじゃないのか?」
俺が疑問点を挙げると、アリシアは頷いた。
「元々の勇者一行というのは違ったんだ。勇者と、私、それに幼馴染のキャシーとジェラルド、あとは同郷の神童と呼び声高かったアシュレイ殿。そこに魔王封印の術者としてロサーナ殿が後から加わったのだ」
「ふーん……。じゃあ、あの女、ロサーナが加わったのは魔王が現れた後、ってことか」
それから、ロサーナはアリシアの人間的な弱さにつけ込んで、勇者パーティから脱退させた。そして、勇者もそれに一枚噛んでいるというわけか。
確かに、アリシアは未熟だ。女性的な部分があるから戦闘には適していない。彼女は優しすぎる人種だからだ。
だから彼女を守るという言葉を使えば、意図的にパーティから脱退させることも不可能じゃない。
問題なのは、何故脱退させる必要があったのかだ。
アリシアに嫉妬したとか……? ロサーナは勇者狙いだったとか……?
それが一番分かりやすい展開だとは思うが、何処か違う気もする。
作為的……。それが具体的に何処を指しているのかが分からない以上、判断はつかないな。
「なぁ、賢者サマ。アンタはその作為的だとか、そういう違和感について、もう少し細かいところは分からないのか? 何を狙ってるのか分からないんじゃ、警戒のしようがない」
「まぁ、それももっともなんだけどね。でも、僕にもそれ以上は判断がつかないかな。なにせまだ全然知らない相手なんだからさ。もう少し時間を掛けて観察するから、もう少し待ってよ」
「ったく、使えない賢者だな……」
「酷いなぁ、まぁいいや。そうそう、勇者一行には魔王城近辺の情報を収集してもらってるよ。……それじゃ、また情報が集まったら伝えに来るよ、まったねー!」
「……二度と来んな」
ニワトリはぼふんと音を立ててビー玉になった。
コト、と音を立てて机の上で僅かに光を反射している。
俺は溜息を吐くと、ビー玉を巾着袋にしまい直した。
振り返ると、アリシアが暗い顔で俯いているのが目に入ってしまう。
「ロサーナ……。何なのだ、あの女は」
「殿」呼ばわりをなくしたのは、敵愾心からだろうか。
幼馴染は名前で呼び、敬愛する勇者は「様」で呼ぶ。
同じく「殿」を取って呼ばれたあの女の名前には、親しみではありえない強い思いが込められているようだった。
……何か気の利いた言葉を掛けるべきだったとは思うが、結局何も言えなかった。
なんて声を掛けるのが正解だったんだろうな。
翌日にはケロッとしたアリシアがいた。
一晩で振り切ったらしい。大した騎士様だこと。俺も引き摺ってる場合じゃねえな。
そんなこんなで、魔王が待ち構える玉座、魔王城へと足を向けた。
to be continued...
あとがき 五羽
①右のほっぺた云々。
献身的かどうかは判断が分かれるところだとは思いますが、一つの考え方だと思ってください。
全く以てツバサの解釈が正しいとは考えていませんが、そういう考えもひとつの解釈としては有りだと、作者的にはそう考えています。
けれど、元々の主張としては乗り越えるべき障害とか、背負うべき業だとか、そういう話だったように思います。
ツバサにとって、それは献身性でしかありませんが、キリスト教とかに詳しい方から見ると、一つ苦言を呈したくなるんじゃなかろうかと思われます。
……まぁ、正しくないのは分かっているけれども、好きに書かせてくださいよ。お願いしますよ。どうかひとつ。
長く似たような文章書いてると、途中で飽きてくるんですよ。
そんなわけで久方ぶりに書いた三人称視点。勇者サイドです。
ほとんどのキャラをその場の思いつきだけで書いているため、今後設定上の不備がたくさん出る予定。←いや、予定じゃねーよ。
実際、三人称久々に書いてみると、結構難しいです。
何度か詰まりました。
次回も勇者視点が続くと思われます。苦情がなければいいなぁ。
②
賢者さまのお話です。
相変わらず勇者サイドは三人称ですが、だんだん慣れてきました。
といっても、次回からツバササイドの話に戻るので、あんまり意味ない……。
怠惰な賢者さまの本領発揮は今後よりはっきりと描かれる予定です。
③
他のお話と比べると、ツバサのお話は息をするようにすらすらと書けます。
まぁ、書きやすいように書きやすいように……と、試行錯誤の末に辿り着いたネタだったりするので、当然と言えば当然なのですが。
ちょっと分量少なめですが、一区切りっぽいのでとりあえず投稿です。
次はいよいよツバサとアルスの邂逅です。
④
唐突に書きたくなって走り書きしたツバサVSアルスの回。
ロサーナさんがなにげに酷いこと言ってます。
相変わらずのポエム小説でごめんなさい。こんなんしか書けません。
⑤
適正値云々を語らせるためだけにでっち上げたのが賢者様というキャラでした。
今後もツバサだけでは解明できそうにないところは助言いただく予定です。
ひとえに作者都合により出演が決定したキャラ。
ただし、あんまり出てこられると物語が破綻する恐れがあるため、怠け者です。
きっと凄い疲れるんですよ。ええ。
⑥
賢者篇、了。
次回から魔王城攻略へ向かいます。
チート無しの主人公に何が出来るのか。というお話です。